2015年03月08日
神々の聖地 ララヤ峠 マチュピチュ&インカの旅16
神々の聖地 ペルーのララヤ峠 マチュピチュ&インカの旅16
私達はラクチのピラコチャの太陽神殿を出た後に、チチカカ湖へのと進んでいきます。
今日はクスコからチチカカ湖畔の町プーノまで386㎞の旅ですが、その途中で標高4335mのララヤ峠を越えることになります。
途中で、このペルーに生息している動物たちを見るために、お土産屋さんを兼ねた飼育場に立ち寄ります。
痩せているバンビのような子は「ビクニヤー」というそうです。
後ろの子は有名なアルパカですね。現在は飼育するにも国の許可がいるそうです。

さて私達は、昼食をとり終わった後、バスで一路、ララヤ峠を目指します。
途中で森林が育つ限界である3800mを超えます。
このあたりから、風景が一変します
なだらかな山々が連なり、ところどころ切り立った山頂が見えます。
そしてその山頂には、なんと氷河が・・・
このあたりはもうすでに富士佐野標高をはるかに超えていますので、空気も薄くいきくるしいのですが、それ以上に山々の神聖なエネルギーが満ち溢れています。
体は重いのにスピリットは、はるか高く舞い上がり神々の世界と一つになります。
バスで揺られながら、ただひたすら山を見続けています。

ラナヤ峠に着くと、ここから5500mのチンボヤ山や6420mのクヌラナ山が見えるとのことですが、私にはどの山がそうなのかわかりません。
しかし、4335mもある場所なのに、全然苦しくありません。
山々の神聖なエネルギーに心も体も癒されているようです。
帰国後、調べてみたら、やはりここにはインディオ達を導いた高次のマスターたちがいらしたようで、しっかりと私のスピリットにつながっていました。
もちろんここだけでなく、ミスミナイ村のホビットのマスターや、ナスカのハチドリ族やコンドル族たちもぞろぞろとついてきたようです。

ちょうど、今週はカーニバルなので、地元の人達が集まって踊っています。
民族衣装を着て地手も楽しそうです。
そしてここはアルパカ製品がとても安いことで有名です。
地元のおばちゃんたちが来て、観光客相手にアルパカの布や服などを売っています。
その値段の安さに私もたくさん買ってしまいました。

私達はラクチのピラコチャの太陽神殿を出た後に、チチカカ湖へのと進んでいきます。
今日はクスコからチチカカ湖畔の町プーノまで386㎞の旅ですが、その途中で標高4335mのララヤ峠を越えることになります。
途中で、このペルーに生息している動物たちを見るために、お土産屋さんを兼ねた飼育場に立ち寄ります。
痩せているバンビのような子は「ビクニヤー」というそうです。
後ろの子は有名なアルパカですね。現在は飼育するにも国の許可がいるそうです。

さて私達は、昼食をとり終わった後、バスで一路、ララヤ峠を目指します。
途中で森林が育つ限界である3800mを超えます。
このあたりから、風景が一変します
なだらかな山々が連なり、ところどころ切り立った山頂が見えます。
そしてその山頂には、なんと氷河が・・・
このあたりはもうすでに富士佐野標高をはるかに超えていますので、空気も薄くいきくるしいのですが、それ以上に山々の神聖なエネルギーが満ち溢れています。
体は重いのにスピリットは、はるか高く舞い上がり神々の世界と一つになります。
バスで揺られながら、ただひたすら山を見続けています。

ラナヤ峠に着くと、ここから5500mのチンボヤ山や6420mのクヌラナ山が見えるとのことですが、私にはどの山がそうなのかわかりません。
しかし、4335mもある場所なのに、全然苦しくありません。
山々の神聖なエネルギーに心も体も癒されているようです。
帰国後、調べてみたら、やはりここにはインディオ達を導いた高次のマスターたちがいらしたようで、しっかりと私のスピリットにつながっていました。
もちろんここだけでなく、ミスミナイ村のホビットのマスターや、ナスカのハチドリ族やコンドル族たちもぞろぞろとついてきたようです。

ちょうど、今週はカーニバルなので、地元の人達が集まって踊っています。
民族衣装を着て地手も楽しそうです。
そしてここはアルパカ製品がとても安いことで有名です。
地元のおばちゃんたちが来て、観光客相手にアルパカの布や服などを売っています。
その値段の安さに私もたくさん買ってしまいました。

2015年03月07日
ラクチ遺跡のピラコチャの神殿 マチュピチュ&インカの旅15
ラクチ遺跡のピラコチャの神殿 マチュピチュ&インカの旅15
私達は、ミスミナイ村からクスコに戻った翌日、今回の旅の中で最も標高が高い4335mのララヤ峠とチチカカ湖を目指すことになりました。
ペルーの旅行もここが最終地点です。
朝から私達はバスに乗りララヤ峠を目指します。
しかしその前に、とても大切な神殿に私達は招かれることになりました。
それが、ラクチ遺跡のピラコチャの神殿です。

ラクチ遺跡は、インカ帝国でスペインによる侵略とキリスト教の布教がされるまで信仰されていた神であるピラコチャ神を祭った神殿といわれていますが、インカ時代よりもっと昔から神殿として機能していたという説もあるようです。
建物の土台と下部は石積みで、その上は日干しレンガの壁でできています。
ここに残された巨大な壁のようなものは、実は壁でなく神殿の内部を支える柱だったようです。
それでも高さ12m、幅92mの中心壁は凄すぎます。
おそらくインカ時代の前、チチカカ湖で生まれたティワナク文明の影響を受けているものと思われます。
このティワナク文化は、紀元前200年から紀元後1200年頃まで続いた長寿文明で巨石建造物を広範囲にわたって作っています。
もちろん中心となるのは創造神ピラコチャですが、ピラコチャはインカの人々が懐けた神様の名前なので、ほかの名前がきっとあったことでしょう。

私達は、このピラコチャの神殿に入ります。
巨大な壁に圧倒された主神殿を目の前にして、太陽神への思いを捧げます。
そして太陽神殿の横にある居住区に入ります。
居住区には、最古の貯蔵庫と呼ばれている石つくりの倉庫があります。

そしてこの居住区の面白いところは、太陽が冬至の季節に上る方向に向かって、一直線に通路が作られ、その通路に向かい合うように住宅などが整然と作られていたことです。
その当時、人々は、魂は冬至の太陽のもとで生まれ変わると信じられていたようです。
マチュピチュの太陽の神殿も、冬至の太陽が昇る方向に窓が開いていましたね。
そのように信仰と都市の作りが一つになっています。
私は、その通路を最後まで歩き、そこから太陽の神殿のほうを振り向いてみます。
確かに、まっすぐです。

この神殿に立つと、古代インカやインカ以前の文明の素晴らしい叡智に触れずにはいられません。
地球の人達と星の人達が一つになって文明を創造していった大切な道筋に触れたような気がします。
私達は、ミスミナイ村からクスコに戻った翌日、今回の旅の中で最も標高が高い4335mのララヤ峠とチチカカ湖を目指すことになりました。
ペルーの旅行もここが最終地点です。
朝から私達はバスに乗りララヤ峠を目指します。
しかしその前に、とても大切な神殿に私達は招かれることになりました。
それが、ラクチ遺跡のピラコチャの神殿です。

ラクチ遺跡は、インカ帝国でスペインによる侵略とキリスト教の布教がされるまで信仰されていた神であるピラコチャ神を祭った神殿といわれていますが、インカ時代よりもっと昔から神殿として機能していたという説もあるようです。
建物の土台と下部は石積みで、その上は日干しレンガの壁でできています。
ここに残された巨大な壁のようなものは、実は壁でなく神殿の内部を支える柱だったようです。
それでも高さ12m、幅92mの中心壁は凄すぎます。
おそらくインカ時代の前、チチカカ湖で生まれたティワナク文明の影響を受けているものと思われます。
このティワナク文化は、紀元前200年から紀元後1200年頃まで続いた長寿文明で巨石建造物を広範囲にわたって作っています。
もちろん中心となるのは創造神ピラコチャですが、ピラコチャはインカの人々が懐けた神様の名前なので、ほかの名前がきっとあったことでしょう。

私達は、このピラコチャの神殿に入ります。
巨大な壁に圧倒された主神殿を目の前にして、太陽神への思いを捧げます。
そして太陽神殿の横にある居住区に入ります。
居住区には、最古の貯蔵庫と呼ばれている石つくりの倉庫があります。

そしてこの居住区の面白いところは、太陽が冬至の季節に上る方向に向かって、一直線に通路が作られ、その通路に向かい合うように住宅などが整然と作られていたことです。
その当時、人々は、魂は冬至の太陽のもとで生まれ変わると信じられていたようです。
マチュピチュの太陽の神殿も、冬至の太陽が昇る方向に窓が開いていましたね。
そのように信仰と都市の作りが一つになっています。
私は、その通路を最後まで歩き、そこから太陽の神殿のほうを振り向いてみます。
確かに、まっすぐです。

この神殿に立つと、古代インカやインカ以前の文明の素晴らしい叡智に触れずにはいられません。
地球の人達と星の人達が一つになって文明を創造していった大切な道筋に触れたような気がします。
2015年03月06日
ホビットの聖地 ミスミナイ村 マチュピチュ&インカの旅14
ホビットの聖地 ミスミナイ村 マチュピチュ&インカの旅14
マチュピチュの訪問を終え、次の日は朝からマチュピチュの天然温泉で一休みです。
マチュピチュはペルーの海岸地帯とは異なり、アマゾン川の流域に当たりますので、ちょうど雨季に当たる今は雨も多く、川の水も轟々と流れています。
そして、山々の緑も深く、空気も濃厚です。
私は、マチュピチュの街を抜け、山沿いにある露店の温泉プールに身を浸し、新緑の緑を眺めながら、心と体を癒します。
それからマチュピチュの村のようにアンデス地方には、インカ帝国の王様の銅像がよくたっています。
とても凛々しくてパワフルですね。

今日はマチュピチュを立ってクスコに戻るのですが、その途中にアンデスの高地に今でも生活を続けるインディオ達のミスミナイ村を訪れることになっています。
私達は、マチュピチュの駅から列車に乗り、マチュピチュとお別れすることになりました。

マチュピチュからインカレイルで、古のインカ道に沿って列車は進んでいきます。
今回は昼間なので、車上から新緑の樹木の間に、昔の遺跡が見え隠れします。
オリャンタイタン駅で降りると、旅行会社のバスに乗って高地にあるミスミナイ村を目指します。
ミスミナイ村に着くと、インディオの民族衣装を着た人たちが歌を歌いながら待っています。


皆さん、体も小さく日本人によく似た体形です。
今日は、サラさんという女性の家に招かれました。
私達は、お互いに自己紹介をして、手を取り合って歓迎のダンスをします。
とても高い場所にあるので、酸素濃度がかなり低く、軽いダンスでもすぐに息切れを起こしてしまいます。
でも、インディオの人達と手を取り合い、彼らの演奏で踊るダンスはとても素敵です。

その後、サラさんの家で、インディオ達の食事をいただきます。
炒ったお豆やトウモロコシ、トウモロコシのスープ、煮たジャガイモやごはんのようにたいたキヌア、そしてトウモロコシのお酒、とても素朴ですが思った以上においしくヘルシーな食事です。
最近、アンチエイジングの食品として有名になったキヌアはこのペールの高地でとれる特産品ですが、もともとは彼らが日常的に食していたもののようです。
世界的に、キヌアが健康食品として有名になったので、こちらでの市場価格も大変な値段に跳ね上がったそうです。
私達は、食事が終わると、彼らの伝統的な生活を見せてもらいました。
手作業でアルパカなどの毛を染めたり昔ながらの道具を使って布を織る作業です。
ミスミナイ村には独特の紋章みたいなものがあり、それを布に織り込んでいくようです。
また農作業をしている畑にも連れて行ってもらいました。
まず、パチャママと呼ばれる大地の精霊にトウモロコシでできたお酒を捧げます。
まず大地に祈りの言葉を唱えながら、お酒を少しこぼします。
そして8方向の山々に向って祈りの言葉をささげながら、お酒を振りまいていくのです。

村のリーダーがまずこの儀式を行った後、私も一緒に儀式を行わせていただきました。
私がこの地に来たことも、大いなるパチャママの招きです。
私は、このミスミナイ村から地球の平和を祈りながら、リーダーとともに祈りの言葉をささげていきます。
このミスミナイ村の人達は、通常は裸足で歩いているようです。
アンデスの大地をしっかりと踏みしめながら生活する様子は、どこから見てもホビットたちです。
「ロードオブザリング」や「ホビツト」の映画に出てくるホビットの村とよく似ています。
とてもゆったりとした時間が流れていきます。
周りに山々を抱き自然豊かな村でトウモロコシやジャガイモを育てたりアルパカなどの毛で布を織るインディオ。
きっと夜になるとトウモロコシのお酒を飲みながら陽気に踊りまわっているのでしょうか。
私たちが、この村を訪ねたときはちょうどカーニバルの日でした。
数名の村人が、山で祈りを捧げた後、仮装して村の道を踊り歩いていました。
彼らにとって、自然の精霊と一つになって生きる時間は、まだまだ現実のもののようです。
私達も宇宙の光の活動で、ホビツト達とともに活動したり、さまざまな星でホビット達に会いますが、きっと彼らと同じような暮らしをしていることでしょう。

今回私達は、このホビットの村で食事や村の生活を見せてもらう歓迎を受けたのですが、現地のガイドさんによると、今回が初めてのケースだったようです。
今までは、村の中を案内するだけだったのですが、今回は食事なども準備してくれてガイドさんも驚いています。
これもパチャママや創造神ピラコチャの計らいなのでしょうか、きっと私達のガイドたちが私達をもてなし光のエネルギーをつなぐようにしてくれたのでしょう。
旅が始まるときに、ピティがインカの古代民族のマスターたちが、私たちに接触してくるといっていましたが、まさに現実の旅の中で、そのことが起きたようです。
私は、お礼に彼らが織った布を買い求めました。
マチュピチュの訪問を終え、次の日は朝からマチュピチュの天然温泉で一休みです。
マチュピチュはペルーの海岸地帯とは異なり、アマゾン川の流域に当たりますので、ちょうど雨季に当たる今は雨も多く、川の水も轟々と流れています。
そして、山々の緑も深く、空気も濃厚です。
私は、マチュピチュの街を抜け、山沿いにある露店の温泉プールに身を浸し、新緑の緑を眺めながら、心と体を癒します。
それからマチュピチュの村のようにアンデス地方には、インカ帝国の王様の銅像がよくたっています。
とても凛々しくてパワフルですね。

今日はマチュピチュを立ってクスコに戻るのですが、その途中にアンデスの高地に今でも生活を続けるインディオ達のミスミナイ村を訪れることになっています。
私達は、マチュピチュの駅から列車に乗り、マチュピチュとお別れすることになりました。

マチュピチュからインカレイルで、古のインカ道に沿って列車は進んでいきます。
今回は昼間なので、車上から新緑の樹木の間に、昔の遺跡が見え隠れします。
オリャンタイタン駅で降りると、旅行会社のバスに乗って高地にあるミスミナイ村を目指します。
ミスミナイ村に着くと、インディオの民族衣装を着た人たちが歌を歌いながら待っています。


皆さん、体も小さく日本人によく似た体形です。
今日は、サラさんという女性の家に招かれました。
私達は、お互いに自己紹介をして、手を取り合って歓迎のダンスをします。
とても高い場所にあるので、酸素濃度がかなり低く、軽いダンスでもすぐに息切れを起こしてしまいます。
でも、インディオの人達と手を取り合い、彼らの演奏で踊るダンスはとても素敵です。

その後、サラさんの家で、インディオ達の食事をいただきます。
炒ったお豆やトウモロコシ、トウモロコシのスープ、煮たジャガイモやごはんのようにたいたキヌア、そしてトウモロコシのお酒、とても素朴ですが思った以上においしくヘルシーな食事です。
最近、アンチエイジングの食品として有名になったキヌアはこのペールの高地でとれる特産品ですが、もともとは彼らが日常的に食していたもののようです。
世界的に、キヌアが健康食品として有名になったので、こちらでの市場価格も大変な値段に跳ね上がったそうです。
私達は、食事が終わると、彼らの伝統的な生活を見せてもらいました。
手作業でアルパカなどの毛を染めたり昔ながらの道具を使って布を織る作業です。
ミスミナイ村には独特の紋章みたいなものがあり、それを布に織り込んでいくようです。
また農作業をしている畑にも連れて行ってもらいました。
まず、パチャママと呼ばれる大地の精霊にトウモロコシでできたお酒を捧げます。
まず大地に祈りの言葉を唱えながら、お酒を少しこぼします。
そして8方向の山々に向って祈りの言葉をささげながら、お酒を振りまいていくのです。

村のリーダーがまずこの儀式を行った後、私も一緒に儀式を行わせていただきました。
私がこの地に来たことも、大いなるパチャママの招きです。
私は、このミスミナイ村から地球の平和を祈りながら、リーダーとともに祈りの言葉をささげていきます。
このミスミナイ村の人達は、通常は裸足で歩いているようです。
アンデスの大地をしっかりと踏みしめながら生活する様子は、どこから見てもホビットたちです。
「ロードオブザリング」や「ホビツト」の映画に出てくるホビットの村とよく似ています。
とてもゆったりとした時間が流れていきます。
周りに山々を抱き自然豊かな村でトウモロコシやジャガイモを育てたりアルパカなどの毛で布を織るインディオ。
きっと夜になるとトウモロコシのお酒を飲みながら陽気に踊りまわっているのでしょうか。
私たちが、この村を訪ねたときはちょうどカーニバルの日でした。
数名の村人が、山で祈りを捧げた後、仮装して村の道を踊り歩いていました。
彼らにとって、自然の精霊と一つになって生きる時間は、まだまだ現実のもののようです。
私達も宇宙の光の活動で、ホビツト達とともに活動したり、さまざまな星でホビット達に会いますが、きっと彼らと同じような暮らしをしていることでしょう。

今回私達は、このホビットの村で食事や村の生活を見せてもらう歓迎を受けたのですが、現地のガイドさんによると、今回が初めてのケースだったようです。
今までは、村の中を案内するだけだったのですが、今回は食事なども準備してくれてガイドさんも驚いています。
これもパチャママや創造神ピラコチャの計らいなのでしょうか、きっと私達のガイドたちが私達をもてなし光のエネルギーをつなぐようにしてくれたのでしょう。
旅が始まるときに、ピティがインカの古代民族のマスターたちが、私たちに接触してくるといっていましたが、まさに現実の旅の中で、そのことが起きたようです。
私は、お礼に彼らが織った布を買い求めました。
2015年03月04日
マチュピチュでの聖なる儀式 マチュピチュ&インカの旅12
マチュピチュでの聖なる儀式 マチュピチュ&インカの旅12
私たちのペルー旅行はこの日、とても大きな祝福の日を迎えることになります。
私達は、マスターからのメッセージとガイドのピティの導きの元マチュピチュの聖なる遺跡に入ります。

見張り台からしばらく降りていくと、マチュピチュ遺跡の入り口である「市街地入口」につきます。
ここは門がり、私が入ろうとすると「ヤマ」と呼ばれる動物たちがお迎えに来てくれました。
私達は、市街地の入り口から、石切り場や作業場の遺跡を超えて進みます。

途中でその下にある太陽の神殿のアーチ状の天井部分の遺跡も見ることになります。
まだまだ始まったばかりですが、心臓がどんどん高鳴っていきます。
家や通路を作るために積まれた石垣ですが、きれいに組まれた石の壁が、この文明の緻密で高度な技術を伝えています

私達は、昨日のメッセージで受け取った神聖なエリアへ入っていきます。
目の前には「神聖な広場」が広がり「主神殿」が経っています。
確かに完全な形ではありませんが、堂々とした風格があり特別なエネルギーを放っています。
ここにある主神殿は、創世神ピラコチャ神のために作られた神殿といわれていますが、私達には、地球の文明を創造するために降りてきた星の人々と地球の人達が一つに融合されるための場所であったように思えます。

また横には、山々に向って開かれた「3つの窓の神殿」もたっており、その前には美しい石もおかれています。
3つの窓の神殿から、周りの山々の清浄なエネルギーがどんどん入ってきます。
それは私たちの心とスピリットを清めるかのように光輝くエネルギーです。
私達は、この神聖なる神殿で古代の地球に降り立ってきた人たちのエネルギーを受け取っています。
実際、インカの伝説の中に、タンプコットと呼ばれる穴から8人の兄弟たちが現れ、インカ帝国を築いたという伝説がありますが、この「3つ窓の神殿」こそが、そのタンプコットではないかといわれています。

そして正面には、神官たちが儀式を上げる準備をしたり、彼らが活動していたと思われる神官の館があります。
こちらは、主神殿とは異なって、少し地味ですが、神官たちの思いが伝わってくるようです。
神官の館の目には、今日の儀式で使用する大きな岩が置いてあります。

私達は、この場所で祈りをささげることにしました。
前日マチュピチュのホテルでおこなったチャネリングと瞑想でも、このマチュピチュに開いている光の通路をより高次な世界とつなげてほしいとのメッセージがありましたので、私達は全員で手をつなぎ、神聖なる広場におかれた石の周りで、祈り始めます。
マチュピチュの上空に広がっていたエネルギーを感じながら、その光の通路をこのマチュピチュの地に固定していきます。
周りの山々からも風が吹くかのようにエネルギーがどんどん流れてきます。
高次の世界から、光の通路がこの石のもとに降り立ち、光がどんどんと解き放たれていきます。
その時、私たちに光が降り立ったことを知らせるかのように、心地よい雨が降り注ぎ、私たちの火照った体を冷やしてくれます。

私達は、神聖なる広場から、さらに高い場所へ上ります。
そこは「インティワタナ(日時計)」と呼ばれる場所です。
インティワタナという言葉は、正確にはインティ(太陽)とワタナ(結ぶ)という意味ですので、日時計としての役目を持つとともに、宇宙の創造(太陽神)の次元とのエネルギーをつなぐ場所であったようにも思われます。
ここは周りの山々のエネルギーもしっかりと受け止めている場所ですので、ここに立つだけでもとても大きなエネルギーが集まってきます。
ここにいる事だけでも、自分自身の遺伝子やスピリットのエネルギーが調整される感じがします。

私はインティワタナの神殿跡に座り、共に来たメンバーたちのエネルギーを調整していきます。
メンバーの背中にある、いくつものスピリチュアル・ゲートを調整するときに、私の口から日本語でない言葉がいくつも飛び出してきます。
私自身もこの場所に立つことにより、過去の自分自身のスピリチュアルな部分が開かれていくようです。
私は目を閉じ、過去の自分のエネルギーと一つになります。
私の中で、その当時のマスターの記憶が呼びさまされます。
メンバー達の体の中にあるゲートを開きながら、自分も開かれていきます。
私は、メンバー達の過去の記憶を呼び覚まし、閉ざされていた能力にパワーを与えていきます。

私たちのペルー旅行はこの日、とても大きな祝福の日を迎えることになります。
私達は、マスターからのメッセージとガイドのピティの導きの元マチュピチュの聖なる遺跡に入ります。

見張り台からしばらく降りていくと、マチュピチュ遺跡の入り口である「市街地入口」につきます。
ここは門がり、私が入ろうとすると「ヤマ」と呼ばれる動物たちがお迎えに来てくれました。
私達は、市街地の入り口から、石切り場や作業場の遺跡を超えて進みます。

途中でその下にある太陽の神殿のアーチ状の天井部分の遺跡も見ることになります。
まだまだ始まったばかりですが、心臓がどんどん高鳴っていきます。
家や通路を作るために積まれた石垣ですが、きれいに組まれた石の壁が、この文明の緻密で高度な技術を伝えています

私達は、昨日のメッセージで受け取った神聖なエリアへ入っていきます。
目の前には「神聖な広場」が広がり「主神殿」が経っています。
確かに完全な形ではありませんが、堂々とした風格があり特別なエネルギーを放っています。
ここにある主神殿は、創世神ピラコチャ神のために作られた神殿といわれていますが、私達には、地球の文明を創造するために降りてきた星の人々と地球の人達が一つに融合されるための場所であったように思えます。

また横には、山々に向って開かれた「3つの窓の神殿」もたっており、その前には美しい石もおかれています。
3つの窓の神殿から、周りの山々の清浄なエネルギーがどんどん入ってきます。
それは私たちの心とスピリットを清めるかのように光輝くエネルギーです。
私達は、この神聖なる神殿で古代の地球に降り立ってきた人たちのエネルギーを受け取っています。
実際、インカの伝説の中に、タンプコットと呼ばれる穴から8人の兄弟たちが現れ、インカ帝国を築いたという伝説がありますが、この「3つ窓の神殿」こそが、そのタンプコットではないかといわれています。

そして正面には、神官たちが儀式を上げる準備をしたり、彼らが活動していたと思われる神官の館があります。
こちらは、主神殿とは異なって、少し地味ですが、神官たちの思いが伝わってくるようです。
神官の館の目には、今日の儀式で使用する大きな岩が置いてあります。

私達は、この場所で祈りをささげることにしました。
前日マチュピチュのホテルでおこなったチャネリングと瞑想でも、このマチュピチュに開いている光の通路をより高次な世界とつなげてほしいとのメッセージがありましたので、私達は全員で手をつなぎ、神聖なる広場におかれた石の周りで、祈り始めます。
マチュピチュの上空に広がっていたエネルギーを感じながら、その光の通路をこのマチュピチュの地に固定していきます。
周りの山々からも風が吹くかのようにエネルギーがどんどん流れてきます。
高次の世界から、光の通路がこの石のもとに降り立ち、光がどんどんと解き放たれていきます。
その時、私たちに光が降り立ったことを知らせるかのように、心地よい雨が降り注ぎ、私たちの火照った体を冷やしてくれます。

私達は、神聖なる広場から、さらに高い場所へ上ります。
そこは「インティワタナ(日時計)」と呼ばれる場所です。
インティワタナという言葉は、正確にはインティ(太陽)とワタナ(結ぶ)という意味ですので、日時計としての役目を持つとともに、宇宙の創造(太陽神)の次元とのエネルギーをつなぐ場所であったようにも思われます。
ここは周りの山々のエネルギーもしっかりと受け止めている場所ですので、ここに立つだけでもとても大きなエネルギーが集まってきます。
ここにいる事だけでも、自分自身の遺伝子やスピリットのエネルギーが調整される感じがします。

私はインティワタナの神殿跡に座り、共に来たメンバーたちのエネルギーを調整していきます。
メンバーの背中にある、いくつものスピリチュアル・ゲートを調整するときに、私の口から日本語でない言葉がいくつも飛び出してきます。
私自身もこの場所に立つことにより、過去の自分自身のスピリチュアルな部分が開かれていくようです。
私は目を閉じ、過去の自分のエネルギーと一つになります。
私の中で、その当時のマスターの記憶が呼びさまされます。
メンバー達の体の中にあるゲートを開きながら、自分も開かれていきます。
私は、メンバー達の過去の記憶を呼び覚まし、閉ざされていた能力にパワーを与えていきます。

2015年03月03日
マチュピチュへのメッセージ マチュピチュ マチュピチュ&インカの旅11
マチュピチュへのメッセージ マチュピチュ マチュピチュ&インカの旅11
私達は、ついに憧れのマチュピチュへと入ることになりました。
マチュピチュでの最初の夜は、よく時に向けてマスターたちを呼び出しチャネリングのセッションを行いました。
その時は、とても偉大なマスターが来てくださり、マチュピチュの上に開いている大きな次元の通路を見せてくださりました。
私たちがここに来ることによって、とてもいくつもの場所に光の通路が開いてくるようです。
明日は、その通路をこの地上に結び付けるための儀式になるようです。
少しマスターからのメッセージをご紹介いたします。

***********************
マチュピチュはかって星の人々がおりたった聖なる場所の一つです。
過去の地球には、地球以外の星から地球にやってきた叡智ある存在達が降り立った場所がいくつもあります。
このマチュピチュは、そのような場所の一つでした。
古代のアフリカやエジプトの地、古代インドからチベット、そして日本や古代ケルトなどの地と並んで、この中南米も星の人々が新たな文明を作るための拠点とした場所の一つであり、主に南十字星や白鳥座、鳳凰座の人々がかかわっていました。
この神聖なる山々に囲まれた場所は、天然のピラミッドたちが作る高い波動によって守られていました。
ここに降り立った人達は、この場所がとても高い波動を持っていることを知って、あえてこの場所に、地球以外の星から来た人と地上の人々が交流し、新たな種族を生み出すための施設を作ったのです。
地上の人達は、ナスカの地で、地球の原初の種族から育てられていました。
それは地上絵が描かれていた古代の時代から、時間をかけて、叡智ある存在に移り変わるべく様々な試みが行われていました。
マチュピチュには、地球以外の星の人達が降り立つためにスピリチュアルな通路が作られてきました。
そのもっとも中心となる場所(出入口)は、マチュピチュの中でも、少し高い場所に作られた主神殿あたりの場所です。
この場所は、マチュピチュの入り口である「市街地入り口」から作業小屋や石切り場を抜け、一段高くなった場所にあります。
星の人達が、スピリチュアルな次元をとおって、地球の物理次元に入るときに、その入り口となったのが、現在「3つの窓の神殿」と呼ばれている場所のようです。
そして、星から来た人たちと地球の人達が会議をしたり、星から来たマスターたちがさまざまな計画を立てていた場所が、「3つの窓の神殿」の前にある「神聖な広場」と「主神殿」「神官の庭」と呼ばれていた場所でした。
実際この主神殿は、世界を創造したピラコチャ神のために建てられた神殿です。
マチュピチュの中でも特に大きな石ばかりが使用されています。
この場所のすぐ上には、インティワタナ(日時計)と呼ばれている場所があり、次元のエネルギーが調整される場所があります。
ここにあったと思われる神殿は、すぐ横にそびえたつワイナピチュ山のエネルギーを取り込み、天と地のエネルギーを融合し特別な磁場を作り上げています。
***************************

私たちがマチュピチュに入る日、昨日まで降っていた雨も上がり、また太陽もさほどさしておらず、絶好のマチュピチュ日和となりました。
私達はマチュピチュ村から定期的に出ているバスに乗り、幾重にも重なる山道を登っていきます。
そして有名な、サンクチュアリーロッジの前にバスが止まると、これから遺跡への入場です。
このサンクチュアリーロッジはとても素敵なホテルで、今日のお昼はこちらのレストランでいただきました。
マチュピチュの遺跡に入ると、私達は遺跡の中心部にすぐに入るのではなく、山道をひたすら上り、マチュピチュの全景を見渡すよう場所に行きます。
よく観光旅行の写真などで使われている場所です。
そこに立つだけで、長年の夢がかなったという思いが込み上げて涙目になってしまいます。
私たちの前に本物の、アチュピチュが広がっているのです。

私達はそこから、さらに登り見張り小屋がある高台へとつきます。
ここはとても眺めがよい場所で、マチュピチュの遺跡の全体を見下ろすことができます。
そして周りの山々の神聖なエネルギーをたっぷりと吸収することができます。

ここには儀式の石と呼ばれる大きな石があります。
ここの場所の用途は不明なのですが、この儀式の石、まるで小型宇宙船のようにも見えます。
私達は、ここでガイドさんから、マチュピチュに関する話を聞いたり写真を撮ったりしてしばらくすごし、そのあとにマチュピチュの市街地を目指します。
私達は、ついに憧れのマチュピチュへと入ることになりました。
マチュピチュでの最初の夜は、よく時に向けてマスターたちを呼び出しチャネリングのセッションを行いました。
その時は、とても偉大なマスターが来てくださり、マチュピチュの上に開いている大きな次元の通路を見せてくださりました。
私たちがここに来ることによって、とてもいくつもの場所に光の通路が開いてくるようです。
明日は、その通路をこの地上に結び付けるための儀式になるようです。
少しマスターからのメッセージをご紹介いたします。

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マチュピチュはかって星の人々がおりたった聖なる場所の一つです。
過去の地球には、地球以外の星から地球にやってきた叡智ある存在達が降り立った場所がいくつもあります。
このマチュピチュは、そのような場所の一つでした。
古代のアフリカやエジプトの地、古代インドからチベット、そして日本や古代ケルトなどの地と並んで、この中南米も星の人々が新たな文明を作るための拠点とした場所の一つであり、主に南十字星や白鳥座、鳳凰座の人々がかかわっていました。
この神聖なる山々に囲まれた場所は、天然のピラミッドたちが作る高い波動によって守られていました。
ここに降り立った人達は、この場所がとても高い波動を持っていることを知って、あえてこの場所に、地球以外の星から来た人と地上の人々が交流し、新たな種族を生み出すための施設を作ったのです。
地上の人達は、ナスカの地で、地球の原初の種族から育てられていました。
それは地上絵が描かれていた古代の時代から、時間をかけて、叡智ある存在に移り変わるべく様々な試みが行われていました。
マチュピチュには、地球以外の星の人達が降り立つためにスピリチュアルな通路が作られてきました。
そのもっとも中心となる場所(出入口)は、マチュピチュの中でも、少し高い場所に作られた主神殿あたりの場所です。
この場所は、マチュピチュの入り口である「市街地入り口」から作業小屋や石切り場を抜け、一段高くなった場所にあります。
星の人達が、スピリチュアルな次元をとおって、地球の物理次元に入るときに、その入り口となったのが、現在「3つの窓の神殿」と呼ばれている場所のようです。
そして、星から来た人たちと地球の人達が会議をしたり、星から来たマスターたちがさまざまな計画を立てていた場所が、「3つの窓の神殿」の前にある「神聖な広場」と「主神殿」「神官の庭」と呼ばれていた場所でした。
実際この主神殿は、世界を創造したピラコチャ神のために建てられた神殿です。
マチュピチュの中でも特に大きな石ばかりが使用されています。
この場所のすぐ上には、インティワタナ(日時計)と呼ばれている場所があり、次元のエネルギーが調整される場所があります。
ここにあったと思われる神殿は、すぐ横にそびえたつワイナピチュ山のエネルギーを取り込み、天と地のエネルギーを融合し特別な磁場を作り上げています。
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私たちがマチュピチュに入る日、昨日まで降っていた雨も上がり、また太陽もさほどさしておらず、絶好のマチュピチュ日和となりました。
私達はマチュピチュ村から定期的に出ているバスに乗り、幾重にも重なる山道を登っていきます。
そして有名な、サンクチュアリーロッジの前にバスが止まると、これから遺跡への入場です。
このサンクチュアリーロッジはとても素敵なホテルで、今日のお昼はこちらのレストランでいただきました。
マチュピチュの遺跡に入ると、私達は遺跡の中心部にすぐに入るのではなく、山道をひたすら上り、マチュピチュの全景を見渡すよう場所に行きます。
よく観光旅行の写真などで使われている場所です。
そこに立つだけで、長年の夢がかなったという思いが込み上げて涙目になってしまいます。
私たちの前に本物の、アチュピチュが広がっているのです。

私達はそこから、さらに登り見張り小屋がある高台へとつきます。
ここはとても眺めがよい場所で、マチュピチュの遺跡の全体を見下ろすことができます。
そして周りの山々の神聖なエネルギーをたっぷりと吸収することができます。

ここには儀式の石と呼ばれる大きな石があります。
ここの場所の用途は不明なのですが、この儀式の石、まるで小型宇宙船のようにも見えます。
私達は、ここでガイドさんから、マチュピチュに関する話を聞いたり写真を撮ったりしてしばらくすごし、そのあとにマチュピチュの市街地を目指します。
2015年03月01日
インカ帝国の聖地 太陽の神殿 マチュピチュ&インカの旅9
インカ帝国の聖地 クスコの太陽の神殿 マチュピチュ&インカの旅9
私たちは、マチュピチュへ向かう前に、その起点となるクスコまで、リマから飛行機で向かいます。
リマは海岸沿いの都市でしたので、標高は低いのですが、そこから一気に標高3399mという富士山の山頂とほとんど同じくらいの高さにあるクスコの街へ飛行機で飛ぶことになりました。
クスコについた途端、その空気の薄さというか、体の重さというか、今までとはかなり様子が違います。
歩く時も、少し息が苦しくなってしまうので、ゆっくりと歩きます。
このクスコでは観光の時間がとられました。
しかしリマもそうですが、クスコもとても重たいエネルギーがあります。
それは古代インカの人たちをスペイン人たちが制圧して金銀財宝を奪ったり、人々の生命を傷つけたりして作られた街だからです。
私たちは、インカ時代に太陽の神殿(コリンカチャ)であったサントドミンゴ教会に向います。
下の広場から見ると、太陽神殿の基礎となった美しく堅固な石組みが今でも残っています。

現在は教会なのですが、その当時はたくさんの黄金に飾られた神殿であった事に間違いはないようです。
中に入っていくと思ったより太陽の神殿の面影が残っています。
ペルーを襲った何度かの地震のために、太陽の神殿の石組みの上に建てられた教会が崩壊してしまうことがあり、太陽の神殿の石組みをそのまま残しているところもあります。
ゴシック朝の絵画や飾りに彩られた教会部分と、素朴な石組みが残る場所に分かれた太陽神殿部分の対比が面白い場所です。

こちらは教会に入るとすぐ右にある太陽の神殿の復元場所です。
雷の部屋などと命名されたいくつかの部屋は美しさはとても優れたものです。
その中にたたずんでいると、今でも古代インカ人たちの息遣いが聞こえるようです

おそらくここが、太陽の神殿のパワーポイントです。
このあたりで、儀式が行われていました。
現在も神聖な場所として立ち入りができないように保護されています。

教会の中にはいくつもの宗教的なアートが飾られていてとても感動的です。
こちらは金の細工によって、宇宙や太陽、月、そして人間や動植物たちの姿が描かれています。
インカの人達の素朴ですが高次の宗教観が表されていて、しばらく見入ってしまいました。
その後太陽神殿を後にして、クスコの市内観光を行うことになりました。
こちらは街の中心地にあるカテドラルですね。
確かに美しいのですが、今回の旅ではあまり気持ちが動きません。

私たちは、マチュピチュへ向かう前に、その起点となるクスコまで、リマから飛行機で向かいます。
リマは海岸沿いの都市でしたので、標高は低いのですが、そこから一気に標高3399mという富士山の山頂とほとんど同じくらいの高さにあるクスコの街へ飛行機で飛ぶことになりました。
クスコについた途端、その空気の薄さというか、体の重さというか、今までとはかなり様子が違います。
歩く時も、少し息が苦しくなってしまうので、ゆっくりと歩きます。
このクスコでは観光の時間がとられました。
しかしリマもそうですが、クスコもとても重たいエネルギーがあります。
それは古代インカの人たちをスペイン人たちが制圧して金銀財宝を奪ったり、人々の生命を傷つけたりして作られた街だからです。
私たちは、インカ時代に太陽の神殿(コリンカチャ)であったサントドミンゴ教会に向います。
下の広場から見ると、太陽神殿の基礎となった美しく堅固な石組みが今でも残っています。

現在は教会なのですが、その当時はたくさんの黄金に飾られた神殿であった事に間違いはないようです。
中に入っていくと思ったより太陽の神殿の面影が残っています。
ペルーを襲った何度かの地震のために、太陽の神殿の石組みの上に建てられた教会が崩壊してしまうことがあり、太陽の神殿の石組みをそのまま残しているところもあります。
ゴシック朝の絵画や飾りに彩られた教会部分と、素朴な石組みが残る場所に分かれた太陽神殿部分の対比が面白い場所です。

こちらは教会に入るとすぐ右にある太陽の神殿の復元場所です。
雷の部屋などと命名されたいくつかの部屋は美しさはとても優れたものです。
その中にたたずんでいると、今でも古代インカ人たちの息遣いが聞こえるようです

おそらくここが、太陽の神殿のパワーポイントです。
このあたりで、儀式が行われていました。
現在も神聖な場所として立ち入りができないように保護されています。

教会の中にはいくつもの宗教的なアートが飾られていてとても感動的です。
こちらは金の細工によって、宇宙や太陽、月、そして人間や動植物たちの姿が描かれています。
インカの人達の素朴ですが高次の宗教観が表されていて、しばらく見入ってしまいました。
その後太陽神殿を後にして、クスコの市内観光を行うことになりました。
こちらは街の中心地にあるカテドラルですね。
確かに美しいのですが、今回の旅ではあまり気持ちが動きません。

2015年02月28日
ナスカ文明の源流 マチュピチュ&インカの旅8
ナスカ文明の源流 マチュピチュ&インカの旅8
私達は、ナスカの地上絵をセスナ機に乗ってみることができました。
さすがに飛行機から見ると、地上絵もそれほど大きく見えるわけではありませんが、それでも地上絵が見えてくれば、セスナ機の中では大騒ぎです。
「ハチドリ」や「宇宙人」の姿は意外とはっきりと見えましたし、クモやサルの姿もそれとみとめることができました。
しかし、時がたつにつれ、この遺跡も風化していくことになりそうです。
地表に残された地上絵も、場所によっては、そのラインが見えにくくなっています。
かつて、マリア・ライへという女性が、ナスカの地上絵の保護のために活動していました。
日本では、女優としても有名な楠田 枝里子さんによって、マリア・ライへ基金の活動がおこなわれているようです。
どうかいつまでも、この素晴らしい地上絵と古代種族たちの素晴らしい文明が残るように祈りたいものです。
詳細はこちらのマリア・ライへ基金

**********************************
ナスカ文明の源流について 2015年2月
エジプトやギリシアの地にかかわったマスターや星の人達とは異なる種族の人達も、この古代ペルーの世界には存在していました。
それは、鳳凰族を中心とした鳥の種族や南十字星のマスターたちです。
彼らをこの地上に招いた民族たちは、このペルーの古代世界に活躍していた種族たちでした。
彼らは古代エジプトの地がそうであったように、はるかな古代に栄えたレムリアやアトランティスの文明の一部を引き継いだ人たちでした。
彼らの源流となったのはムーの人達でした。
素朴な自然主義の中に、偉大なる神の英知を認めるムー人は、長い航海の後に中南米にたどり着き、新たな種族を作り上げていきました。
彼らの叡智は、この地で見事に結実していきました。
彼らは素晴らしい土器だけでなく特殊な錬金術を身に着け、金銀の黄金の王国を作り上げていったのです。
彼らは、それらの財宝に溺れることなく、謙虚で誠実な文明を長い間保持してきました。
この地に古くから住むマヤ人たちと融合しながら、宇宙の英知を実りあるものとし、実生活に生かし続けてきたのです。

そしてもう一つ大切な種族との融合が起こりました。
アルビレオ星を中心とした白鳥座の種族です。
ベガ星のマスターたちが地上に降りる時に、この星の人達もともに地上に降り立ちました。
彼らは、特殊な叡智を地球の人々にもたらしました。
それは特殊な文字や絵によって、スピリットを神々につないでいくということでした。
この文明には、動物や特殊な形をした人々のエネルギーを土器や金属製品にあしらって、その力や特殊な能力、叡智を分けてもらうという考え方がありました。
象形により、神々の力をこの地に移し替えるという方法です。
星の人達は、宇宙のさまざまな叡智や側面を物の形の中に写し取り、その力にあやかろうとしたのです。
その力は、時として王の権威となりましたし、神官やシャーマンたちの能力の源となりました。
彼らは、自分にない力を求め続けました。
それは神の力であり、神聖なる法則や儀式を生み支える力となりました。
王は国を治め、人々を従えさせるためにその力を使いました。
良識ある王は、人々に安らぎと豊かさをもたらしましたが、そうでない王は、人々に苦痛を与えてしまいました。
ペルーの古代文明は、この地球の最古の文明の中でも、もっとも近代まで、その高い質が維持され続けた文明だったのです。
しかしスペインの進行とともにその叡智は失われていきました。
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私達は、ナスカの地上絵をセスナ機に乗ってみることができました。
さすがに飛行機から見ると、地上絵もそれほど大きく見えるわけではありませんが、それでも地上絵が見えてくれば、セスナ機の中では大騒ぎです。
「ハチドリ」や「宇宙人」の姿は意外とはっきりと見えましたし、クモやサルの姿もそれとみとめることができました。
しかし、時がたつにつれ、この遺跡も風化していくことになりそうです。
地表に残された地上絵も、場所によっては、そのラインが見えにくくなっています。
かつて、マリア・ライへという女性が、ナスカの地上絵の保護のために活動していました。
日本では、女優としても有名な楠田 枝里子さんによって、マリア・ライへ基金の活動がおこなわれているようです。
どうかいつまでも、この素晴らしい地上絵と古代種族たちの素晴らしい文明が残るように祈りたいものです。
詳細はこちらのマリア・ライへ基金

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ナスカ文明の源流について 2015年2月
エジプトやギリシアの地にかかわったマスターや星の人達とは異なる種族の人達も、この古代ペルーの世界には存在していました。
それは、鳳凰族を中心とした鳥の種族や南十字星のマスターたちです。
彼らをこの地上に招いた民族たちは、このペルーの古代世界に活躍していた種族たちでした。
彼らは古代エジプトの地がそうであったように、はるかな古代に栄えたレムリアやアトランティスの文明の一部を引き継いだ人たちでした。
彼らの源流となったのはムーの人達でした。
素朴な自然主義の中に、偉大なる神の英知を認めるムー人は、長い航海の後に中南米にたどり着き、新たな種族を作り上げていきました。
彼らの叡智は、この地で見事に結実していきました。
彼らは素晴らしい土器だけでなく特殊な錬金術を身に着け、金銀の黄金の王国を作り上げていったのです。
彼らは、それらの財宝に溺れることなく、謙虚で誠実な文明を長い間保持してきました。
この地に古くから住むマヤ人たちと融合しながら、宇宙の英知を実りあるものとし、実生活に生かし続けてきたのです。

そしてもう一つ大切な種族との融合が起こりました。
アルビレオ星を中心とした白鳥座の種族です。
ベガ星のマスターたちが地上に降りる時に、この星の人達もともに地上に降り立ちました。
彼らは、特殊な叡智を地球の人々にもたらしました。
それは特殊な文字や絵によって、スピリットを神々につないでいくということでした。
この文明には、動物や特殊な形をした人々のエネルギーを土器や金属製品にあしらって、その力や特殊な能力、叡智を分けてもらうという考え方がありました。
象形により、神々の力をこの地に移し替えるという方法です。
星の人達は、宇宙のさまざまな叡智や側面を物の形の中に写し取り、その力にあやかろうとしたのです。
その力は、時として王の権威となりましたし、神官やシャーマンたちの能力の源となりました。
彼らは、自分にない力を求め続けました。
それは神の力であり、神聖なる法則や儀式を生み支える力となりました。
王は国を治め、人々を従えさせるためにその力を使いました。
良識ある王は、人々に安らぎと豊かさをもたらしましたが、そうでない王は、人々に苦痛を与えてしまいました。
ペルーの古代文明は、この地球の最古の文明の中でも、もっとも近代まで、その高い質が維持され続けた文明だったのです。
しかしスペインの進行とともにその叡智は失われていきました。
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2015年02月27日
ナスカの地上絵の秘密 マチュピチュ&インカの旅7
ナスカの地上絵の秘密 マチュピチュ&インカの旅7
私達は、ペールーについて2日目、ナスカの地上絵をセスナで見るために、リマからピスコこの空港へと向かいました。
およそ4時間ものバスの旅を経てピスコの空港につきました。
そしてピスコから30分かけてナスカの地上絵の上空につき、30分の地上絵観光を経て、またピスコに戻ってきました。
ナスカの地上絵は世界的にも有名ですが、実はナスカの地上絵の秘密を解くカギは、ナスカの北にあるパルパという町の地上絵にあります。
ここはナスカ以前に発達したパラカス文化特有のものです。
ナスカ文化は、紀元前後から800年ごろまで栄えましたが、パラカス文化は、それ以前、紀元前300年ごろから紀元前後までさけましたので、パラカス文化を支えていた人たちが、そのまま近くのナスカに移り住んでその文化を継続したと考えてもよいかもしれません。
またナスカの近くには、カワチ遺跡が発見されており、7層からなるピラミッドも発見されていますが、ここに住んでいた人たちが、ナスカの地上絵に深く関係していたとも言われています。
今回受け取ったメッセージは、このパルパの地上絵を基に、古代文明を紐解くためのメッセージでした。

上空から見たカワチ遺跡、ここにナスカの地上絵を描いた種族が住んでいたらしい
*****************************
この地にやってきた飛ぶ人たちの悲しみ
ナスカやパルパの地上絵を作った人たちは、この宇宙の創世の源の近くにいた鳥の人たちでした。
あなたがバード族と呼ぶ、宇宙の創造に対して、創造主やマスターたちをサポートして、具体的な作業を行うための種族の人たちでした。
バード族の種族には、いくつもの種族があることは皆さんもご存じだと思います。
たとえば、ハチドリのような鳥が描かれていますが、彼らは、この地上に新たな物理世界を生み出すために、この地上にやってきました。
パルパの地上絵に描かれている男性(王)と女性(女王)たちによって、この地球に呼ばれてきたのです。
バード族のいくつかの種類がこの地上に降り立ちました。

宇宙人ともいわれる絵
この地上に神聖なる英知をもたらすバード族は、翼の大きな鳥として描かれました。
そしてこの地上に、時と空間、あるいは神聖なる法則をもたらすバード族はくちばしの長い鳥として描かれました。
この2つの大きなバード族によって描かれた設計図を基に、この地球に物理世界を作り出す役目はハチドリの種族によって行われました。
彼らは、地球の王の召喚により、この地に招かれた旅人でもあったのです。
彼らは自分たちの種族の所在や自らが保持していた英知の働きをを示すために、その姿をこの地上に残しました。
彼らは、この地上が素晴らしい神の世界となるために、王達とともに働きました。
王は多くの、星から来たマスターたち(シャーマン)とともに、このバード族たちの英知を受け継ぎ、物理世界の創造に力を尽くしました。

4人の宇宙から来たシャーマンが描かれたパルパの地上絵
バード族たちも自らの光を惜しみなくこの地におろし、そこにはとても素晴らしい文明が栄えましたが、バード族を招いた王様はこの地を去り、またその子供たちもこの地上を次々と去っていきました。
やがて王が去ってから長い年月が経ちました。
バード族にしてみれば、人の生死は決してそのスピリットの消滅を意味するものではありませんが、人にしてみれば、その生死は、自らをその世界から分かつ最大の出来事です。
バード族とともに働いた王の教えは次第に風化していきました。
それとともに、バード族の存在と働きも忘れ去られていきました。
人々はバード族に対して敬虔な祈りをささげることをしなくなり、彼らがこの世界を作り上げていったのだということも忘れてしまいました。
やがて人々とバード族の間のきずなは失われてしまい、バード族たちはこの地上から姿を消してしまいました。
ただハチドリの種族たちは、この世界を守り支えるためにこの地に残り続けました。
ナスカでも一部の心ある人たちだけが、ハチドリの種族と気持ちを合わせて、彼らをこの地上につなぎました。
彼らは今でも、深くつながっています。
神聖な一部の人々により、この地上に繁栄をもたらしたバード族とのつながりは保たれていますが、おそらくその真実を深く知る人々は、もう少なくなってきています。
バード族たちは、その役目を終え、宇宙の創造主のもとに戻ろうとしています。
このナスカに存在する以外のバード族は、今宇宙の光の皆さんとともに活動していますので、皆さんと彼らが同意すれば、これからは、皆さんとともに新たな世界を創造していく助けを行ってくれることでしょう。
もちろんかって古代ナスカの地で最初にバード族を招いたのはあなた自身であったことは言うまでもありません。

セスナ機でナスカへと向かう
私達は、ペールーについて2日目、ナスカの地上絵をセスナで見るために、リマからピスコこの空港へと向かいました。
およそ4時間ものバスの旅を経てピスコの空港につきました。
そしてピスコから30分かけてナスカの地上絵の上空につき、30分の地上絵観光を経て、またピスコに戻ってきました。
ナスカの地上絵は世界的にも有名ですが、実はナスカの地上絵の秘密を解くカギは、ナスカの北にあるパルパという町の地上絵にあります。
ここはナスカ以前に発達したパラカス文化特有のものです。
ナスカ文化は、紀元前後から800年ごろまで栄えましたが、パラカス文化は、それ以前、紀元前300年ごろから紀元前後までさけましたので、パラカス文化を支えていた人たちが、そのまま近くのナスカに移り住んでその文化を継続したと考えてもよいかもしれません。
またナスカの近くには、カワチ遺跡が発見されており、7層からなるピラミッドも発見されていますが、ここに住んでいた人たちが、ナスカの地上絵に深く関係していたとも言われています。
今回受け取ったメッセージは、このパルパの地上絵を基に、古代文明を紐解くためのメッセージでした。

上空から見たカワチ遺跡、ここにナスカの地上絵を描いた種族が住んでいたらしい
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この地にやってきた飛ぶ人たちの悲しみ
ナスカやパルパの地上絵を作った人たちは、この宇宙の創世の源の近くにいた鳥の人たちでした。
あなたがバード族と呼ぶ、宇宙の創造に対して、創造主やマスターたちをサポートして、具体的な作業を行うための種族の人たちでした。
バード族の種族には、いくつもの種族があることは皆さんもご存じだと思います。
たとえば、ハチドリのような鳥が描かれていますが、彼らは、この地上に新たな物理世界を生み出すために、この地上にやってきました。
パルパの地上絵に描かれている男性(王)と女性(女王)たちによって、この地球に呼ばれてきたのです。
バード族のいくつかの種類がこの地上に降り立ちました。

宇宙人ともいわれる絵
この地上に神聖なる英知をもたらすバード族は、翼の大きな鳥として描かれました。
そしてこの地上に、時と空間、あるいは神聖なる法則をもたらすバード族はくちばしの長い鳥として描かれました。
この2つの大きなバード族によって描かれた設計図を基に、この地球に物理世界を作り出す役目はハチドリの種族によって行われました。
彼らは、地球の王の召喚により、この地に招かれた旅人でもあったのです。
彼らは自分たちの種族の所在や自らが保持していた英知の働きをを示すために、その姿をこの地上に残しました。
彼らは、この地上が素晴らしい神の世界となるために、王達とともに働きました。
王は多くの、星から来たマスターたち(シャーマン)とともに、このバード族たちの英知を受け継ぎ、物理世界の創造に力を尽くしました。

4人の宇宙から来たシャーマンが描かれたパルパの地上絵
バード族たちも自らの光を惜しみなくこの地におろし、そこにはとても素晴らしい文明が栄えましたが、バード族を招いた王様はこの地を去り、またその子供たちもこの地上を次々と去っていきました。
やがて王が去ってから長い年月が経ちました。
バード族にしてみれば、人の生死は決してそのスピリットの消滅を意味するものではありませんが、人にしてみれば、その生死は、自らをその世界から分かつ最大の出来事です。
バード族とともに働いた王の教えは次第に風化していきました。
それとともに、バード族の存在と働きも忘れ去られていきました。
人々はバード族に対して敬虔な祈りをささげることをしなくなり、彼らがこの世界を作り上げていったのだということも忘れてしまいました。
やがて人々とバード族の間のきずなは失われてしまい、バード族たちはこの地上から姿を消してしまいました。
ただハチドリの種族たちは、この世界を守り支えるためにこの地に残り続けました。
ナスカでも一部の心ある人たちだけが、ハチドリの種族と気持ちを合わせて、彼らをこの地上につなぎました。
彼らは今でも、深くつながっています。
神聖な一部の人々により、この地上に繁栄をもたらしたバード族とのつながりは保たれていますが、おそらくその真実を深く知る人々は、もう少なくなってきています。
バード族たちは、その役目を終え、宇宙の創造主のもとに戻ろうとしています。
このナスカに存在する以外のバード族は、今宇宙の光の皆さんとともに活動していますので、皆さんと彼らが同意すれば、これからは、皆さんとともに新たな世界を創造していく助けを行ってくれることでしょう。
もちろんかって古代ナスカの地で最初にバード族を招いたのはあなた自身であったことは言うまでもありません。

セスナ機でナスカへと向かう
2015年02月26日
古代の神々の姿 ラファエル・ラルコ博物館 マチュピチュ&インカの旅6
古代の神々の姿 ラファエル・ラルコ博物館 マチュピチュ&インカの旅6

私たちは、2つのワカを訪ねた後、リマ市内にあるとても素敵な美術館を訪ねることにしました。
美術館の名前は、「ラファエル・ラルコ・エレーラ美術館」
名前の通り、この美術館は公的なものではなく、ラファエルさんが個人的に収集した土器や黄金の細工などのあるマスクなどを中心に展示されています。
高台の高級住宅地にある建物も、18世紀のスペイン人貴族の邸宅を改装して作られたものだけにとてもおしゃれです。
しかもこの美術館が建てられている場所は、7世紀のピラミッドが眠っている場所といわれ、その波動も心地良いものがあります。
この博物館には、ペルー北海岸に栄えたモチェ文化の土器を中心に、アンデス文明に関する貴重な個人コレクション約4万5000点が展示されています。
私たちが展示室に入ると最初は、土器の部屋ですが、これがまた素晴らしいものがあります。
土器に描かれているものは当時の思想を色濃く表しているものばかりです。
アンデス文明に共通する基本概念は、「天上・地上・地下世界」ですが、これは自然界の循環としてあらわされているようです。
天は鳥、地はジャガーなどのネコ科の動物、地下世界や冥界は蛇などの姿をとってあらわされています。
一番上の大型の土器は、おそらく創造神の姿を描いていると思われますが、一番上の部分に太陽や鳥などが描かれ、世界を表す体の部分にネコ科の動物や蛇、そして自然現象の様子が巧みに組み合わされて描かれています。
自然崇拝を主とする、古代ペルーの人の様子がこの土器からも知ることができます。

こちらの土器は祈る人と私が読んでいる土器です。
古代の祭祀の様子や、神々に対する信仰の様子を知ることができますね
中には人間でないような人も交じっていますよ

こちらはネコ科の動物ですね、とてもかわいいしぐさです。
この美術館の土器は、動物といっても、本来の動物よりもとてもユニークで想像上の動物たちもたくさん描かれています。
おそらく当時の人たちは、地上に存在しなかった動物たちとも、盛んにコンタクトをとっていたり、地球以外の星から来た人々や生命たちともともに交流して一つの世界を作り上げていたのではないかと思われます。
現代アートに通じるようなデザインは必見です

私が好きなモチーフの土器ですが、まるで癒しを行っているような構図が特徴的です。
しかも癒している存在は鳥のような尾を持っていますし、癒されている人も、通常の人とは異なる姿をしていますね。
おそらく、星の人たちとの深い交流があったようです。

これは巨大な水晶のペンダントです
見るからに、大切な情報とパワーが満ちている水晶です。
やはりこの古代ペルーの世界でも、クリスタルは重要な祭祀や装飾の道具として使用されていたようです

またこの美術館の最大のコレクションは、古代のチムー文化やシカン文化によって作られた黄金の装飾品です。
その輝きは驚くばかりですが、細工の中にも彼らの自然観や神に対する崇拝の気持ちが強く表されています。
彼らにとって金の細工が施されたマスクや装飾品は、神への捧げものであったのでしょうか

この金の装飾を見ていると、とても威厳のあるマスターの姿とエネルギーを感じないではいられません。
古代のペルーの人々を導き、育ててきたマスターでしょうか。
彼の言葉が聞こえてきそうです。

この金の装飾品は、世界で唯一、完全な状態で揃っているチムー文化の黄金の寝装具一式のようです。
この装具を見たとき、私のハートの鼓動は一気に高まりました。
凄いというよりも、古代の人間がこれほどの素晴らしい装飾品を作れるということが驚愕です。
金は、エネルギーの伝達を助けますので、この地上の王がこの装飾品を使用していたのか、星の人が使用していたのかわかりませんが、素晴らしい作品です

美術館の外観も、ブーゲンビリアが咲き乱れるとても美しい作りですよ。
美術館の中にあるレストランも素敵ですので、半日ゆっくりと過ごしたい場所ですね。
この美術館は、とても親切なことに、展示物の横には、日本語で解説が書かれており、土器や金細工のことを詳しく知ることができます。
またこの美術家には、別棟に性的な描写を描いた土器も展示してあり、思わず、クッスと笑ってしまいます。
さあ、明日は、ついにナスカの地上絵を見に行きます。

私たちは、2つのワカを訪ねた後、リマ市内にあるとても素敵な美術館を訪ねることにしました。
美術館の名前は、「ラファエル・ラルコ・エレーラ美術館」
名前の通り、この美術館は公的なものではなく、ラファエルさんが個人的に収集した土器や黄金の細工などのあるマスクなどを中心に展示されています。
高台の高級住宅地にある建物も、18世紀のスペイン人貴族の邸宅を改装して作られたものだけにとてもおしゃれです。
しかもこの美術館が建てられている場所は、7世紀のピラミッドが眠っている場所といわれ、その波動も心地良いものがあります。
この博物館には、ペルー北海岸に栄えたモチェ文化の土器を中心に、アンデス文明に関する貴重な個人コレクション約4万5000点が展示されています。
私たちが展示室に入ると最初は、土器の部屋ですが、これがまた素晴らしいものがあります。
土器に描かれているものは当時の思想を色濃く表しているものばかりです。
アンデス文明に共通する基本概念は、「天上・地上・地下世界」ですが、これは自然界の循環としてあらわされているようです。
天は鳥、地はジャガーなどのネコ科の動物、地下世界や冥界は蛇などの姿をとってあらわされています。
一番上の大型の土器は、おそらく創造神の姿を描いていると思われますが、一番上の部分に太陽や鳥などが描かれ、世界を表す体の部分にネコ科の動物や蛇、そして自然現象の様子が巧みに組み合わされて描かれています。
自然崇拝を主とする、古代ペルーの人の様子がこの土器からも知ることができます。

こちらの土器は祈る人と私が読んでいる土器です。
古代の祭祀の様子や、神々に対する信仰の様子を知ることができますね
中には人間でないような人も交じっていますよ

こちらはネコ科の動物ですね、とてもかわいいしぐさです。
この美術館の土器は、動物といっても、本来の動物よりもとてもユニークで想像上の動物たちもたくさん描かれています。
おそらく当時の人たちは、地上に存在しなかった動物たちとも、盛んにコンタクトをとっていたり、地球以外の星から来た人々や生命たちともともに交流して一つの世界を作り上げていたのではないかと思われます。
現代アートに通じるようなデザインは必見です

私が好きなモチーフの土器ですが、まるで癒しを行っているような構図が特徴的です。
しかも癒している存在は鳥のような尾を持っていますし、癒されている人も、通常の人とは異なる姿をしていますね。
おそらく、星の人たちとの深い交流があったようです。

これは巨大な水晶のペンダントです
見るからに、大切な情報とパワーが満ちている水晶です。
やはりこの古代ペルーの世界でも、クリスタルは重要な祭祀や装飾の道具として使用されていたようです

またこの美術館の最大のコレクションは、古代のチムー文化やシカン文化によって作られた黄金の装飾品です。
その輝きは驚くばかりですが、細工の中にも彼らの自然観や神に対する崇拝の気持ちが強く表されています。
彼らにとって金の細工が施されたマスクや装飾品は、神への捧げものであったのでしょうか

この金の装飾を見ていると、とても威厳のあるマスターの姿とエネルギーを感じないではいられません。
古代のペルーの人々を導き、育ててきたマスターでしょうか。
彼の言葉が聞こえてきそうです。

この金の装飾品は、世界で唯一、完全な状態で揃っているチムー文化の黄金の寝装具一式のようです。
この装具を見たとき、私のハートの鼓動は一気に高まりました。
凄いというよりも、古代の人間がこれほどの素晴らしい装飾品を作れるということが驚愕です。
金は、エネルギーの伝達を助けますので、この地上の王がこの装飾品を使用していたのか、星の人が使用していたのかわかりませんが、素晴らしい作品です

美術館の外観も、ブーゲンビリアが咲き乱れるとても美しい作りですよ。
美術館の中にあるレストランも素敵ですので、半日ゆっくりと過ごしたい場所ですね。
この美術館は、とても親切なことに、展示物の横には、日本語で解説が書かれており、土器や金細工のことを詳しく知ることができます。
またこの美術家には、別棟に性的な描写を描いた土器も展示してあり、思わず、クッスと笑ってしまいます。
さあ、明日は、ついにナスカの地上絵を見に行きます。
2015年02月25日
古代のピラミッド「ワカ・ワジャマルカ マチュピチュ&インカへの旅5
古代のピラミッド「ワカ・ワジャマルカ マチュピチュ&インカへの旅5

私たちが次に訪れた場所は、サン・イシドロ地区にある古代のピラミッド「ワカ・ワジャマルカ」です。
この遺跡がある場所は、ペルーの大手企業や銀行などがたくさん集まるビジネス拠点となっている場所で、高級ホテルやレストラン、百貨店が立ち並ぶ市の中心街です。
やはり街の中でもエネルギーが高い場所の一つとなっていますが、今も昔もそのような場所を探知する能力は、確かなようです。
私たちは、受付を澄ますと、遺跡の横にある小さな展示場に通されました。
それはこの遺跡から発掘された土器や布名だが展示されているのですが、展示室の中央には座った状態のミイラがとても保存されています。
私たちはまず、このミイラの神聖なる魂に向って語りかけ、この種族の魂が光の世界に帰ることができるように祈ります。
私たちは展示場を出て、ピラミッドに向います。
一番上に存在していたと思われるとがっている部分はもうすでになく、台形型のピラミッドですが、その整った形の美しさに驚かされます。
このワカ・ワジャマルカは紀元後200年から500年の間に作られた遺跡のようで、先ほど訪ねたワカプクヤーナとは同じ時代に作られ活用されたもののようです。
ペルーの考古学の説明でも、このワカ・ワジャマルカは、アドべと呼ばれる日干し煉瓦で作られた祭祀用の神殿であることは確実なようです。
おそらくワカプクヤーナで暮らしていた王族や神官たちが、祭祀のときにこの場所に来て、特別な儀式を行っていたことは確かです。
私たちは、遺跡の入り口から、ピラミッドの頂上までまっすぐに伸びている道を上がっていきます。
先ほどの王宮とはまた異なる神聖なエネルギーを受け止めながら歩いていきます。

登っていくと、このピラミッドを作る材料となっている日干し煉瓦が見えてきます。
現在は、ピラミッドの土台となる2段のみが残されていますが、頂上へと向かう道の横には、日干し煉瓦を積んだ後がきれいに残され、かなり手の込んだ作であったことがわかります。
私たちが頂上に着くと、周りは近代的なビルが立ち並ぶ都会の真ん中であることがわかります。
しかし、都会の真ん中とは思えないくらい豊かで素晴らしいエネルギーに満ち溢れています

私たちは、ピラミッドの頂上に立ちます。
ここでインカの古代文明のことを思い祈りを捧げます。
この地に眠る古代ペルーの種族の魂を目覚めさせ解放していきます。
そして、このピラミッドを作った目的である、神との合一、神への飛翔のエネルギーを呼び覚まし、解き放っていきます。
次に4大エレメントの柱をこのピラミッドに立てていきます。
ピラミッドの頂上に立った4人が一人ひとり4大エレメントの柱となり、エレメントの力を呼び寄せます。
するとその時、私たちも取れそうになるくらいの強い風が吹き、この場を浄化していきます。
4つのエレメントの柱が、ピラミッドから立ち上がると、そこに大きな光が下りてきます。
このペルーの地と天の世界が一つにつながり、そこから光がどんどん広がっていきます。
私たちは、「飛翔のコード」を受け取り、今日の儀式は終了です

先ほどの古代ペルー人の皆さんにも来ていただきました。
きっと2000年前に見た風景とは全く異なっているので驚かれたことでしょうね。
しかし、2000年前にこれだけの素晴らしいピラミッドを作ることができる技術があるとは驚くべきことです。
エジプトやメキシコにあったピラミッド群も素晴らしいものがたくさんありましたが、これだけ多くのピラミッドが残っているとは本当に驚きです。
私達もその技術力や高い叡智に、星の人たちのサポートを感じずにはいられません。
この日受け取ったメッセージをご紹介します。
2月12日 神聖なる神官の塔と王の宮殿2
ワカ・ワジャマルカのピラミッドは、神官の塔もしくは魔法使いの塔とも呼ばれていました。
そこで行われていたのは、秘密のイニシエーションでした。
その力は、4大エレメントによって守られ、イニシエート達は、1年に1段ずつそのピラミッドのフロアーを登って行きました。
そして彼らは時間をかけて、4大エレメントの力や見えない世界の働きを学んでいったのです。
このピラミッドの神秘学校に入れるものは、一部の神官とイニシエートを受ける王族と神官たちのみでした。
ここはとても神聖な場所として扱われ、そこに入る者は、自らがこの宇宙を創造する神の一部としてふるまいました。
時として人々は聖なる動物たちを装い、また時として風や水のごとく自らの資質を変容させていきました。
皆さんが、この神聖なる塔の働きを、解き放ったことにより、4大エレメントの力とその中心となる光の塔の働きが、皆さんと宇宙の中に放たれていきました。
そしてこの地を守っていた聖者たちの魂も癒され解放されていったのです。
彼らは、再び星を巡り、新たな使命とともに生き始める事でしょう。
このワカ・ワアジャマルに保存されていたエネルギーこそが、「飛翔のライトコード」です。
4つのイニシエーションが終わったマスターは、この高いピラミッドの上から、さらに高い次元を目指しました。
それは、その身をもったまま、入ることができない世界ですが、彼らは、肉体の制限をこえて、さらに高い次元へ入っていったのです。
4大エレメントとその力が統合されて生まれてくる光、それこそが「飛翔のライトコード」の本質です

私たちが次に訪れた場所は、サン・イシドロ地区にある古代のピラミッド「ワカ・ワジャマルカ」です。
この遺跡がある場所は、ペルーの大手企業や銀行などがたくさん集まるビジネス拠点となっている場所で、高級ホテルやレストラン、百貨店が立ち並ぶ市の中心街です。
やはり街の中でもエネルギーが高い場所の一つとなっていますが、今も昔もそのような場所を探知する能力は、確かなようです。
私たちは、受付を澄ますと、遺跡の横にある小さな展示場に通されました。
それはこの遺跡から発掘された土器や布名だが展示されているのですが、展示室の中央には座った状態のミイラがとても保存されています。
私たちはまず、このミイラの神聖なる魂に向って語りかけ、この種族の魂が光の世界に帰ることができるように祈ります。
私たちは展示場を出て、ピラミッドに向います。
一番上に存在していたと思われるとがっている部分はもうすでになく、台形型のピラミッドですが、その整った形の美しさに驚かされます。
このワカ・ワジャマルカは紀元後200年から500年の間に作られた遺跡のようで、先ほど訪ねたワカプクヤーナとは同じ時代に作られ活用されたもののようです。
ペルーの考古学の説明でも、このワカ・ワジャマルカは、アドべと呼ばれる日干し煉瓦で作られた祭祀用の神殿であることは確実なようです。
おそらくワカプクヤーナで暮らしていた王族や神官たちが、祭祀のときにこの場所に来て、特別な儀式を行っていたことは確かです。
私たちは、遺跡の入り口から、ピラミッドの頂上までまっすぐに伸びている道を上がっていきます。
先ほどの王宮とはまた異なる神聖なエネルギーを受け止めながら歩いていきます。

登っていくと、このピラミッドを作る材料となっている日干し煉瓦が見えてきます。
現在は、ピラミッドの土台となる2段のみが残されていますが、頂上へと向かう道の横には、日干し煉瓦を積んだ後がきれいに残され、かなり手の込んだ作であったことがわかります。
私たちが頂上に着くと、周りは近代的なビルが立ち並ぶ都会の真ん中であることがわかります。
しかし、都会の真ん中とは思えないくらい豊かで素晴らしいエネルギーに満ち溢れています

私たちは、ピラミッドの頂上に立ちます。
ここでインカの古代文明のことを思い祈りを捧げます。
この地に眠る古代ペルーの種族の魂を目覚めさせ解放していきます。
そして、このピラミッドを作った目的である、神との合一、神への飛翔のエネルギーを呼び覚まし、解き放っていきます。
次に4大エレメントの柱をこのピラミッドに立てていきます。
ピラミッドの頂上に立った4人が一人ひとり4大エレメントの柱となり、エレメントの力を呼び寄せます。
するとその時、私たちも取れそうになるくらいの強い風が吹き、この場を浄化していきます。
4つのエレメントの柱が、ピラミッドから立ち上がると、そこに大きな光が下りてきます。
このペルーの地と天の世界が一つにつながり、そこから光がどんどん広がっていきます。
私たちは、「飛翔のコード」を受け取り、今日の儀式は終了です

先ほどの古代ペルー人の皆さんにも来ていただきました。
きっと2000年前に見た風景とは全く異なっているので驚かれたことでしょうね。
しかし、2000年前にこれだけの素晴らしいピラミッドを作ることができる技術があるとは驚くべきことです。
エジプトやメキシコにあったピラミッド群も素晴らしいものがたくさんありましたが、これだけ多くのピラミッドが残っているとは本当に驚きです。
私達もその技術力や高い叡智に、星の人たちのサポートを感じずにはいられません。
この日受け取ったメッセージをご紹介します。
2月12日 神聖なる神官の塔と王の宮殿2
ワカ・ワジャマルカのピラミッドは、神官の塔もしくは魔法使いの塔とも呼ばれていました。
そこで行われていたのは、秘密のイニシエーションでした。
その力は、4大エレメントによって守られ、イニシエート達は、1年に1段ずつそのピラミッドのフロアーを登って行きました。
そして彼らは時間をかけて、4大エレメントの力や見えない世界の働きを学んでいったのです。
このピラミッドの神秘学校に入れるものは、一部の神官とイニシエートを受ける王族と神官たちのみでした。
ここはとても神聖な場所として扱われ、そこに入る者は、自らがこの宇宙を創造する神の一部としてふるまいました。
時として人々は聖なる動物たちを装い、また時として風や水のごとく自らの資質を変容させていきました。
皆さんが、この神聖なる塔の働きを、解き放ったことにより、4大エレメントの力とその中心となる光の塔の働きが、皆さんと宇宙の中に放たれていきました。
そしてこの地を守っていた聖者たちの魂も癒され解放されていったのです。
彼らは、再び星を巡り、新たな使命とともに生き始める事でしょう。
このワカ・ワアジャマルに保存されていたエネルギーこそが、「飛翔のライトコード」です。
4つのイニシエーションが終わったマスターは、この高いピラミッドの上から、さらに高い次元を目指しました。
それは、その身をもったまま、入ることができない世界ですが、彼らは、肉体の制限をこえて、さらに高い次元へ入っていったのです。
4大エレメントとその力が統合されて生まれてくる光、それこそが「飛翔のライトコード」の本質です
2015年02月24日
2000年前の王宮都市 ワカ プクヤーナ マチュピチュ&インカへの旅4
2000年前の王宮都市ワカ プクヤーナ マチュピチュ&インカへの旅4

私たちは、リマの市内観光を終え、一度ホテルに戻りましたが、そこからタクシーをチャーターして、ペルーの古代遺跡へと向かうことになりました。
最初の場所はリマのミラフローレス区というとてもおしゃれな高級住宅街の中に突然現れた古代遺跡「ワカ・プクジャナ」です。
ここは小高い丘だった場所が、開発のために土を削ったところ丘全体が巨大な遺跡であることが判明し、現在でも発掘調査が行われている場所です。
この遺跡の横には、ここで発掘された土器やミイラ、織物などを展示してある博物館や遺跡を見ながら食事ができるおしゃれなレストランもあります。
こちらはここから発掘された巨大で繊細な模様が描かれた土器です。

私たちは、考古学の専門のガイドさんとともに遺跡を巡ります。
この遺跡は、おそらく王宮の遺跡のようですが、この広い遺跡の中には、たくさんの人々が住んでいたようで畑や動物などを飼育した場所、川の水を引いて魚などを養殖したような形跡も残されており、遺跡の入り口にある模型でその当時の様子を知ることができます。
この遺跡は、おそらくリマ近郊に発展していたモチェ文化やレクアイ文化の時代のものではないかと推測されます。
つまり、紀元0年から紀元後500年くらいの間に作られた遺跡のようです。
この名前の由来となった「ワカ」とは、自然のもつ特異な力によって生み出されたもの ─ 太陽・月・星・雷・奇石など ─ や特定の場所 ─ 山岳・泉・巨木など─を意味している言葉です。
つまり、ワカ(アンデスの神々)として信仰の対象となり、人々の生活を支える力を放射していた場所や物のことです。

こちらは王宮の上から見た当時の生活区域です
私たちは遺跡の中に入って、まずその大きさに驚きました。
まるで東京ドームを思わせるくらいな巨大な遺跡が、まだ土の中に半分以上隠れたまま横たわっていますが、その凄い存在感に圧倒されます。
ガイドさんの導きで、この王宮の畑や庭で農作業や日干しレンガなどを作っている様子が紹介されたあと、この王宮の機能について説明があります。
そして、遺跡の横にある畑や牧畜場で、実際どのような作物や動物が飼育されていたかを見せてもらいます。
私たちは、そのあと王宮の遺跡の正面に立ちますが、写真意入りきれないくらい巨大な台形のピラミッドを目の前にして立ちすくみます。

そして、私たちは遺跡の中に入るのですが、ものすごい神聖な気に包まれて遺跡を登っていきます。
この遺跡は、砂漠地帯のためなのか巨大な石ではなく、日干し煉瓦を縦に組み合わせることによって作られています。
日干し煉瓦を縦にしたまま積み上げることで、耐震機能を高めたようです。
この遺跡はいくつもの場所に分かれており、王様たちが暮らす場所や会議を行う場所、儀式を行う場所があるようです。
中には、作物の貯蔵庫かもしかしたら、この神聖な場所を保つために、人が埋められたような今世紀がある場所もあります。
私たちはこの王宮遺跡の一番高い場所に立ちます。
周りはおしゃれな住宅街や背の高い近代的なオフィス・ビルが立ち並んでいます。
一つのビルを指さして、まるで現代のピラミッドだよ、とガイドさんが笑います。

私たちは、ガイドさんたちと離れて、小高い見通しの良い場所で瞑想に入ります。
ここにはナスカコードと呼ばれている特殊なエネルギーが存在していることがわかります。
それはこの場所が、スピリチュアル界にある神聖な世界を現実の世界に表すために作られた特別な場所であり、その作業を行った王族や神官たちは、このナスカコードの特徴である「神聖な世界を現実世界に生み出す能力」というものをすでに持っていたのです。
私たちは太陽の光を受けて祈ります。
大きなエネルギーが私たちを包み私たちと一つになります。

私たちは、祈りを終え遺跡を下ってきました。
遺跡の下には、御覧のように、当時の祭祀の様子を表したマネキン人形による模型が置かれています。
いくつもの、お供え物をして祈っている人々の姿が描かれています。
私はつい懐かしくなって、帰ってきたよ、ほらここに僕がいる、と話しかけています。笑い
すると、話しかけられた人形が、さほど強い風もないのにバタンと倒れてしまいました。
私たちもガイドさんも大慌て、この人形を支えるために15㎝くらいある鉄の棒が足の中に入っていたのに、外れちゃったみたいです。
そこまでわかりやすくしなくてもよいのに、とまた大笑い。
私たちは、この巨大な王宮の遺跡を後にして次の遺跡に行くことにしました。

この日に受け取ったメッセージもご紹介します。
2月12日 神聖なる神官の塔と王の宮殿
ワカ・プクジャナ(ワカ プクヤーナ )の地に皆さんの光りがもたらされることによって、この地に眠る叡智が目覚めさせられました。
王の宮殿は、そこに多くの人々が生活し王と神官たちの生活を支えていました。
彼らは、「築く人」と呼ばれました。
その気高い叡智でこの自然の営みを、宇宙の運航の暦によってつかさどっていました。
彼らは、自然界の神秘を預かる人でした。
星の巡りをこの地の四季に移し替え、作物や動物たちを育てました。
また、この大きな宮殿の中に川から水を引き、魚も育てたのです。
彼らが行ったことは、四季の作物や動物たちの生命を神にささげる事でした。
もちろん彼らは、神の一部として、それらの作物を食し、自らの一部にすることによって、大いなる宇宙との一体感を得ようとしたのです。
作物を通して、偉大なる神と一つになるという思想はこの当時から広く分かち合われました。
作物や動物はすべて神の使いにとして人々に分かち合われたのです。
あの大きな宮殿跡は、そのことを行うために作られました。
神の大きさを示すために、今までにない巨大な規模の建物が作られ、
その中に作物や動物たちを育てることで、宇宙の摂理を、この地に表したともいえるでしょう。
この王宮遺跡は、目に見えない世界、神の創造の世界をこの地に表したものといえるでしょう。
それこそが「ナスカコード」の本質ともいえるものです。
神々の世界を、自らの内に表現すること、現実世界に作り出すことによって、彼らは自分たちと神々の距離を果てしなく近いものとし、さらには、神との合一を果たしていったのです。

私たちは、リマの市内観光を終え、一度ホテルに戻りましたが、そこからタクシーをチャーターして、ペルーの古代遺跡へと向かうことになりました。
最初の場所はリマのミラフローレス区というとてもおしゃれな高級住宅街の中に突然現れた古代遺跡「ワカ・プクジャナ」です。
ここは小高い丘だった場所が、開発のために土を削ったところ丘全体が巨大な遺跡であることが判明し、現在でも発掘調査が行われている場所です。
この遺跡の横には、ここで発掘された土器やミイラ、織物などを展示してある博物館や遺跡を見ながら食事ができるおしゃれなレストランもあります。
こちらはここから発掘された巨大で繊細な模様が描かれた土器です。

私たちは、考古学の専門のガイドさんとともに遺跡を巡ります。
この遺跡は、おそらく王宮の遺跡のようですが、この広い遺跡の中には、たくさんの人々が住んでいたようで畑や動物などを飼育した場所、川の水を引いて魚などを養殖したような形跡も残されており、遺跡の入り口にある模型でその当時の様子を知ることができます。
この遺跡は、おそらくリマ近郊に発展していたモチェ文化やレクアイ文化の時代のものではないかと推測されます。
つまり、紀元0年から紀元後500年くらいの間に作られた遺跡のようです。
この名前の由来となった「ワカ」とは、自然のもつ特異な力によって生み出されたもの ─ 太陽・月・星・雷・奇石など ─ や特定の場所 ─ 山岳・泉・巨木など─を意味している言葉です。
つまり、ワカ(アンデスの神々)として信仰の対象となり、人々の生活を支える力を放射していた場所や物のことです。

こちらは王宮の上から見た当時の生活区域です
私たちは遺跡の中に入って、まずその大きさに驚きました。
まるで東京ドームを思わせるくらいな巨大な遺跡が、まだ土の中に半分以上隠れたまま横たわっていますが、その凄い存在感に圧倒されます。
ガイドさんの導きで、この王宮の畑や庭で農作業や日干しレンガなどを作っている様子が紹介されたあと、この王宮の機能について説明があります。
そして、遺跡の横にある畑や牧畜場で、実際どのような作物や動物が飼育されていたかを見せてもらいます。
私たちは、そのあと王宮の遺跡の正面に立ちますが、写真意入りきれないくらい巨大な台形のピラミッドを目の前にして立ちすくみます。

そして、私たちは遺跡の中に入るのですが、ものすごい神聖な気に包まれて遺跡を登っていきます。
この遺跡は、砂漠地帯のためなのか巨大な石ではなく、日干し煉瓦を縦に組み合わせることによって作られています。
日干し煉瓦を縦にしたまま積み上げることで、耐震機能を高めたようです。
この遺跡はいくつもの場所に分かれており、王様たちが暮らす場所や会議を行う場所、儀式を行う場所があるようです。
中には、作物の貯蔵庫かもしかしたら、この神聖な場所を保つために、人が埋められたような今世紀がある場所もあります。
私たちはこの王宮遺跡の一番高い場所に立ちます。
周りはおしゃれな住宅街や背の高い近代的なオフィス・ビルが立ち並んでいます。
一つのビルを指さして、まるで現代のピラミッドだよ、とガイドさんが笑います。

私たちは、ガイドさんたちと離れて、小高い見通しの良い場所で瞑想に入ります。
ここにはナスカコードと呼ばれている特殊なエネルギーが存在していることがわかります。
それはこの場所が、スピリチュアル界にある神聖な世界を現実の世界に表すために作られた特別な場所であり、その作業を行った王族や神官たちは、このナスカコードの特徴である「神聖な世界を現実世界に生み出す能力」というものをすでに持っていたのです。
私たちは太陽の光を受けて祈ります。
大きなエネルギーが私たちを包み私たちと一つになります。

私たちは、祈りを終え遺跡を下ってきました。
遺跡の下には、御覧のように、当時の祭祀の様子を表したマネキン人形による模型が置かれています。
いくつもの、お供え物をして祈っている人々の姿が描かれています。
私はつい懐かしくなって、帰ってきたよ、ほらここに僕がいる、と話しかけています。笑い
すると、話しかけられた人形が、さほど強い風もないのにバタンと倒れてしまいました。
私たちもガイドさんも大慌て、この人形を支えるために15㎝くらいある鉄の棒が足の中に入っていたのに、外れちゃったみたいです。
そこまでわかりやすくしなくてもよいのに、とまた大笑い。
私たちは、この巨大な王宮の遺跡を後にして次の遺跡に行くことにしました。

この日に受け取ったメッセージもご紹介します。
2月12日 神聖なる神官の塔と王の宮殿
ワカ・プクジャナ(ワカ プクヤーナ )の地に皆さんの光りがもたらされることによって、この地に眠る叡智が目覚めさせられました。
王の宮殿は、そこに多くの人々が生活し王と神官たちの生活を支えていました。
彼らは、「築く人」と呼ばれました。
その気高い叡智でこの自然の営みを、宇宙の運航の暦によってつかさどっていました。
彼らは、自然界の神秘を預かる人でした。
星の巡りをこの地の四季に移し替え、作物や動物たちを育てました。
また、この大きな宮殿の中に川から水を引き、魚も育てたのです。
彼らが行ったことは、四季の作物や動物たちの生命を神にささげる事でした。
もちろん彼らは、神の一部として、それらの作物を食し、自らの一部にすることによって、大いなる宇宙との一体感を得ようとしたのです。
作物を通して、偉大なる神と一つになるという思想はこの当時から広く分かち合われました。
作物や動物はすべて神の使いにとして人々に分かち合われたのです。
あの大きな宮殿跡は、そのことを行うために作られました。
神の大きさを示すために、今までにない巨大な規模の建物が作られ、
その中に作物や動物たちを育てることで、宇宙の摂理を、この地に表したともいえるでしょう。
この王宮遺跡は、目に見えない世界、神の創造の世界をこの地に表したものといえるでしょう。
それこそが「ナスカコード」の本質ともいえるものです。
神々の世界を、自らの内に表現すること、現実世界に作り出すことによって、彼らは自分たちと神々の距離を果てしなく近いものとし、さらには、神との合一を果たしていったのです。
2015年02月23日
中南米に起こった古代文明
中南米に起こった古代文明
ペルーへの旅行が始まりました。
今回の旅行は、インカ文明以降の古代文明を訪ねることが目的の一つですが、最初に、ペルーに起こった文明の歴史について軽くおさらいをしておきましょう。
ペルーというとインカ文明と皆さんお思いになりますが、このインカ文明は、ペルーの中では最も新しい文明で、それまでに各地で独自に発展していた古い文明を統合したのがこのインカ文明なのです。
ペルーには、およそ紀元前1000年頃から高度の文明が発展していたといわれており、その歴史や文明の質は、エジプト文明に勝るとも劣らないものです。
現在、新たな遺跡がどんどん発掘されていますが、ピラミッドや金細工などの質を見ると、エジプトとも非常に大きな共通点を持つ文明であることには間違いありません。
また古い文明の中には、地球以外の星の人と接触していたと思わせるような地上絵や土器、金細工なども複数存在しており、地球人の人種として起源や発展に関して、非常に興味深いものがあります。
○ペルー北部海岸地区の黄金の文明
ペルーはまず北部の海岸地方を中心に「チャピン文化」と呼ばれる最初の文化が、紀元前1000~紀元前500年の間栄えていたといわれます。
高度な仕組みの神殿やジャガーや蛇などを描いた素晴らしい彫刻が今でも、神殿の遺跡に残されています。
その後、プレインカの花ともいえる「モチェ文化」や「レクアイ文化」が、紀元前後から紀元後700年頃まで栄えたのです。
この文化は、次回の美術館でもご紹介しますが、非常にユニークで写実的な土器や高度な技法が凝らされた金細工の作品を生み出した、非常に叡智の高い文明です。
次回紹介する美術館の作品は、主にこの時代の作品であるといわれています。
その後これらの文化は、金細工で世界中に有名となった黄金の王国「シカン文化」「チムー王国」へと引き継がれていきました。
チムー王国は、紀元後1100年から1500年の間に栄えたプレインカ最大の王国で、インカ帝国にあった金細工は、ほとんどがここで生産されたものではないかといわれています。
今回ご紹介する、王宮とピラミッドも、紀元前後に作られたもので、この文明の特徴的な遺跡の一つです。

○ペルー中部海岸地区の地上絵の文明
ペルー中部の海岸地方では、これらの文明と時を同じくして、ナスカ文明の前身である「パラカス文明」とその影響を受けた「ナスカ文明」が、紀元前300年から紀元後800年の間に栄えました。
この1000年の間に、ペルーの地に住む多くの人種たちが、とてもおおきな精神的&霊的成長をしていったことは間違いありません。
有名な、ナスカの地上絵もこの文明の大切な遺跡ですので、高度な宇宙や天体に関する情報などもあったことでしょう。
またナスカよりも古い地上絵であるパラカスの地上絵では、王様や女王様とともにいいる存在や不思議な恰好をした旅人、4人のシャーマンたちも描かれており、地球以外の存在との接触が予想されます。
現在、この地上絵の近くに、地上絵を描いたとされる所属の遺跡「カワチ遺跡」が発見されており、地上絵の秘密も解き明かされていくかもしれません。

4人のシャーマンたちの地上絵
○アンデス地区の巨石都市文明
同じ時期にチチカカ湖を中心とする高地で起こった文明は、巨石の建造物が特徴的なティワナク文化」でした。
こちらは、紀元前200年から、なんと1200年頃までおよそ1400年間の間続いたといわれる大変長生きで高度な文明です。
一つの文明が、これだけ続くためには、とても高い叡智と技術、そして精神的な支柱となる宗教が正しく受け継いでこられる必要があります。
しかも、あれだけ標高が高く作物も十分に育たないような場所に、文明が栄えたことも不思議です。
その後これらの文化の影響を受けた文明がいくつも生まれてきますが、それぞれが、とても高度な叡智と特徴を持った文化を育てていきました。
たとえば、中央アンデスで初めて都市による統治を行い道路や生活の設備を整えたのが、紀元後500年から900年の間に発展したのが「ワリ文化」です。
このワリ文化は、マチュピチュやクスコのすぐ近くに巨大な都市建設を行っており、ピキリャクタという遺跡では1万人程度の人々が住んでいたといわれています。
マチュピチュの空中遺跡が作られたのが1400年代ですから、それをさかのぼること600年以上前には、すでに都市建設を行う技術があったのだとされています。
おそらくこの文明が、インカ帝国の政治的、社会的基盤になったのではないかと思われます。
「

○南米を統一したインカ文明
ペルーやその近辺に紀元前から生まれ、素晴らしい叡智と技術を生み出した数々の文化を、最終的に統合したのがインカ文明でした。
クスコ近くに住んでいた高地民族が、次々と周りの文化を吸収し統合していったのがインカ文明の始まりです。
おそらく1400年以前に生まれ、1450年に太陽神を崇敬する王族により統合が進められ、1450年頃にインカ帝国として成立した模様です。
1500年頃には、コロンビアからアルゼンチン・チリにまで及ぶ巨大な帝国を作り上げました。
しかし、これだけ素晴らしい技術と英知を持ついくつもの文明達が、歴史のないインカ帝国に簡単に滅ぼされるわけがありませんので、おそらく文明間の間で一つに統合して、より高度な文明を作ろうという動きがあったのかもしれません。
しかし、南米がインカ帝国に統合された後、1532年にスペインの侵略を受けて、インカ帝国は滅びてしまいました。
おそらく100年程度のもっとも短命な文化だったのかもしれません。
しかしこのインカ文明には、ペルー北部の黄金文明の高度な金属加工技術、ナスカ地方の天体や宇宙に関する情報、アンデス地区の巨石都市を作る技術などを、一つに統合させてきたという素晴らしい実績がありました。
その計画を、本当は誰が進めていったのか、とても興味深いところです。

2015年02月22日
ペルーの首都リマ 神聖なるマチュピチュ&インカへの旅2
ペルーの首都リマ 神聖なるマチュピチュ&インカへの旅2

私たちは、念願のマチュピチュに思いを寄せて、旅行会社のツアーでペルーに向うことにしました。
私が、マチュピチュに行く理由を何度尋ねても、マスターたちは行けばわかるとすまし顔!
さすがに2,3日前になると、マチュピチュに行く理由も少しずつ話はじめてくれましたが、その核心が分かったのは、なんと成田空港の待合時間のときに、空港のカフェでとったチャネリングでした。(前回ご紹介)
私たちは成田から、ニューヨークに向かい、そこからペルーのラン航空に乗り換え、合計21時間の飛行機の旅をしてようやくペルーのリマ空港へとたどり着きました。
鹿児島から考えると27時間にも及ぶ移動時間でした。
途中、日付変更線を通るので、私たちは1日逆戻り、出発日の翌朝、リマ空港へとつくことになりました。
憧れのペルーですが、この日の午前中はリマの市内観光です。
ただ、観光の予定地は、アルマス広場、大聖堂(カテドラル)、大統領府とサン・フランシスコ教会ということで、昔のインカ時代の人々を征服して作られた街や教会ばかりなので今一つテンションも上がりません。
教会の美しさ自体は、決して嫌いではありません。
どちらかというとヨーロッパに旅行した時は、あえて古い教会を訪ね、祈り続けたものですが、ここ南米においては、教会そのものの持つ意味が全く違います。
教会はスペインやポルトガルの征服者たちによって、インカの人々を抑圧し、金銀を策略するための道具とされてしまったのです。
インカの人たちが大切に信仰を育ててきた神殿は取り壊され、彼らが神にささげた金銀財宝も奪いさられてしまったのです。
そして、最も大切なインカ人の心の自由も奪ってしまいました。
リマの中心地となるアルマス広場の周りに立つ立派なカテドラルや大統領府も、インカ時代の神殿を破壊して、その堅固な基礎を利用して作られたものです。
私たちがカテドラルの前に立つと、その当時の人々の思いが伝わってきます。
私たちは、この旅の最初に、キリスト教の大聖堂(カテドラル)を作るために破壊された太陽の神殿の上に立ち、インカの人々の魂が、インカの石組みの間から抜け出して光の中に導かれていくことをイメージして祈り始めました。
私たちメンバーは、共に手を取り合い、インカの人々の魂に光を送ります。
マスターたちにこのことを訪ねると、それはもう終ったこと、過去のこと、
そして必要だったこと、というメッセージが来ます。
私たちは、過去の行いにとらわれる事なく、歩まなければなりません。
私たちが、カテドラルの前の広場に作った光の柱は、元インカの太陽の神殿から、どんどん広がっていきます。
その光の中で、多くの魂達の思いが癒され光の世界に上っていきます。

〈祈りをささげる土器〉
この瞑想が終わり集合場所に戻ると、目の前を一台の小型トラック、車のボディには「PITY」と大きく書かれていて大笑い。
PITY(ピティ)とは、成田空港で、私にメッセージをくれたマスターで、私たちと一緒に旅してくれることになっていたので、「早速のお出まし!」についうれしくなってしまいました。
今日のツアーは、この伝統ある旧市街から、新しくできた新市街地区へと向かいます。
バスは、やがて、街を抜け、すがすがしい風が吹き抜ける海岸通りにでます。
私たちは、とても素敵な銅像がある海岸公園をお散歩した後、食事をとってホテルに向かいます。
お昼の3時ころからは、少しだけ自由時間です。
同じツアーの皆さんは、お散歩とかお買い物をしているようですが、私たちにはいかなければならないところがあります。
ガイドさんにお願いして、タクシーを1台チャーターして、大切な儀式の場へと向かいます。
それは、リマの住宅やオフィスビルが立ち並ぶ中に忽然と現れた2つの古代遺跡、
おそらく、2000年近く、眠り続けた巨大遺跡、ワカ・プクジャーナとワカ・ワジャマルカと呼ばれるプレインカ時代の大切な遺跡を訪ねます。

私たちは、念願のマチュピチュに思いを寄せて、旅行会社のツアーでペルーに向うことにしました。
私が、マチュピチュに行く理由を何度尋ねても、マスターたちは行けばわかるとすまし顔!
さすがに2,3日前になると、マチュピチュに行く理由も少しずつ話はじめてくれましたが、その核心が分かったのは、なんと成田空港の待合時間のときに、空港のカフェでとったチャネリングでした。(前回ご紹介)
私たちは成田から、ニューヨークに向かい、そこからペルーのラン航空に乗り換え、合計21時間の飛行機の旅をしてようやくペルーのリマ空港へとたどり着きました。
鹿児島から考えると27時間にも及ぶ移動時間でした。
途中、日付変更線を通るので、私たちは1日逆戻り、出発日の翌朝、リマ空港へとつくことになりました。
憧れのペルーですが、この日の午前中はリマの市内観光です。
ただ、観光の予定地は、アルマス広場、大聖堂(カテドラル)、大統領府とサン・フランシスコ教会ということで、昔のインカ時代の人々を征服して作られた街や教会ばかりなので今一つテンションも上がりません。
教会の美しさ自体は、決して嫌いではありません。
どちらかというとヨーロッパに旅行した時は、あえて古い教会を訪ね、祈り続けたものですが、ここ南米においては、教会そのものの持つ意味が全く違います。
教会はスペインやポルトガルの征服者たちによって、インカの人々を抑圧し、金銀を策略するための道具とされてしまったのです。
インカの人たちが大切に信仰を育ててきた神殿は取り壊され、彼らが神にささげた金銀財宝も奪いさられてしまったのです。
そして、最も大切なインカ人の心の自由も奪ってしまいました。
リマの中心地となるアルマス広場の周りに立つ立派なカテドラルや大統領府も、インカ時代の神殿を破壊して、その堅固な基礎を利用して作られたものです。
私たちがカテドラルの前に立つと、その当時の人々の思いが伝わってきます。
私たちは、この旅の最初に、キリスト教の大聖堂(カテドラル)を作るために破壊された太陽の神殿の上に立ち、インカの人々の魂が、インカの石組みの間から抜け出して光の中に導かれていくことをイメージして祈り始めました。
私たちメンバーは、共に手を取り合い、インカの人々の魂に光を送ります。
マスターたちにこのことを訪ねると、それはもう終ったこと、過去のこと、
そして必要だったこと、というメッセージが来ます。
私たちは、過去の行いにとらわれる事なく、歩まなければなりません。
私たちが、カテドラルの前の広場に作った光の柱は、元インカの太陽の神殿から、どんどん広がっていきます。
その光の中で、多くの魂達の思いが癒され光の世界に上っていきます。

〈祈りをささげる土器〉
この瞑想が終わり集合場所に戻ると、目の前を一台の小型トラック、車のボディには「PITY」と大きく書かれていて大笑い。
PITY(ピティ)とは、成田空港で、私にメッセージをくれたマスターで、私たちと一緒に旅してくれることになっていたので、「早速のお出まし!」についうれしくなってしまいました。
今日のツアーは、この伝統ある旧市街から、新しくできた新市街地区へと向かいます。
バスは、やがて、街を抜け、すがすがしい風が吹き抜ける海岸通りにでます。
私たちは、とても素敵な銅像がある海岸公園をお散歩した後、食事をとってホテルに向かいます。
お昼の3時ころからは、少しだけ自由時間です。
同じツアーの皆さんは、お散歩とかお買い物をしているようですが、私たちにはいかなければならないところがあります。
ガイドさんにお願いして、タクシーを1台チャーターして、大切な儀式の場へと向かいます。
それは、リマの住宅やオフィスビルが立ち並ぶ中に忽然と現れた2つの古代遺跡、
おそらく、2000年近く、眠り続けた巨大遺跡、ワカ・プクジャーナとワカ・ワジャマルカと呼ばれるプレインカ時代の大切な遺跡を訪ねます。
2015年02月22日
『古代インカへのいざない』 神聖なるマチュピチュ&インカ1
『古代インカへのいざない』 神聖なるマチュピチュ&インカへの旅1
『古代インカへのいざない』 神聖なるマチュピチュ&インカへの旅1
皆さん、お久しぶりです。
先日、私たちは、10日間のマチュピチュとインカへの旅を終え戻って来ました。
その中で、私たちは、マチュピチュや古代インカ文明、そしてプレインカの文明の秘密を解き明かされるとともに、
私たちを導くスピリチュアルなマスターと出会い、大切なギフトもいただいてきました。
今回から、数回にわたって、宇宙の光の仲間たちと旅した「ミスティツク・インカの旅」のお話をしましょう。
旅行は、阪急交通社の「ペルー大周遊10日間」を利用させていただきました。
現地でのガイドは「コンドルトラベル」の皆さんでした。ありがとうございます。
さて今回は、私たちがペルーへ旅立つ前に、成田空港で私たちが受け取ったメッセージからご紹介しましょう。
このメッセージは、ピティと呼ばれる特別なガイドから、今回の旅行の意味について解き明かされたものです。
それは一つには、ナスカの人たちによって守られてきた「神聖なるエネルギー」、私たちが、今ライトボディへと進化していくために必要な、スピリチュアルな光(ライトコード)をとりに行くことでした。
そして、私たちの旅は、さらにインカの閉ざされた扉を開きいていきます。
**********************************
古代インカへの誘い

皆さんがペルーへ旅立たれる日が来たことを心から嬉しく思います。
これから皆さんの事を常に守護し導く役目を私が行います。
私の事はピティと呼んでください。
ピティとは、過去の思い出を呼び覚ます者という意味です。
皆さんが、過去の古い人生の中で、ペルーの地にいたことを呼び覚まし新たな旅立ちを祝うために現れました。
これから、皆さんと共に私も旅をします。
この旅は、古代ペルーの古(いにしえ)に残された計画、地球がユートピアとして機能することを目的として作られた文明のエッセンスを再び目覚めさせることにあります。
ペルーが持っていた文明の中でも、特に古い時代、ナスカやそれ以前の時代においては、この地球では、地球人と宇宙の叡智ある生命たちが共に暮らしていた時代がありました。
さすがに、この時代は、フェアリーやペガサスはもうすでにこの世界から去っていましたが、人々はまだスピリチュアルなレベルで彼らと十分に交流することが出来ていました。
ナスカの地上絵も、その地に住む人々やそこを訪れていた「叡智ある生命達」のスピリチュアルなレベルの状態を比喩的に表したものです。
皆さんがナスカや古代インカの聖なる谷に降り立つ時に、そのような時代に封印された人々の叡智が皆さんに対して開かれていくことでしょう。
皆さんは、フェアリーコードやペガサスコードを、もしくはドラゴンコードをすでに受け取ることによって、それらの時代に、地球に来ていた叡智ある存在に対しても、より効率よくコンタクトをとることが出来ます。
まずペル―に着いたら「ナスカ・コード」と呼ばれるものをうけとってください。
ナスカ・コードは、皆さんが受け止めている様々なスピリチュアル・コードを物質世界に近い次元へと降ろしていくためのコードです。
皆さんのスピリチュアル・レベルにあるライトコードを、人間の物理次元に近いところまで引き下ろしていく必要があることをご理解ください。
この宇宙は、素晴らしい光に満ち溢れていますが、それを人間の物理次元に近いところまで引き寄せてこなければなりません。
かつて、この地球でそのような試みを行ったのが古代ナスカの人たちなのです。
彼らは、独自の宇宙観をもっていました。
そして、彼らのスピリットによってその世界は、しっかりと支えられていました。
現在、皆さんが行っているように、かつての古代ナスカ人たちにより一つの宇宙が構想されていたのです。
その当時、すでにあなたは、この地に存在していたと思われます。
以前、皆さんが行った星のツアーでも、この古代ナスカやチチカカ湖の近くに、皆さんが神殿を作って活躍していた時期があり、その過去の皆さんたちとお会いしたこともありましたね。
マチュピチュからチチカカ湖あたりは、古代の時代においても、とても重要な役割を持つ場所でした。
今でこそ観光地のように扱われていますが、今でも聖なる人々が住み続けている場所なのです。
もちろん、そのような人たちが、皆さんの前に直接現れてくるわけではありませんが、彼らは必ずコンタクトを取ってきます。
あなた方が、現在の地球において重要な役割をもって活動しているということを、彼らも知っているからです。
彼らは、あなたにコンタクトを行い、彼らが古代ナスカの時代から、未来の地球人の為に保ち続けてきたエネルギーとコードを渡すことでしょう。
そのコードは、皆さんのライトボディに対して、さらに高い次元での働きを行い、デバインボディを作り上げる為に必要なコードですので、必ず受け取ってください。
そしてもう一つ大切なコードがあります。
「飛翔のコード」と呼ばれているものです。
ナスカの古代人は、このコードを代々守り続けてきた種族です。
古代の神々から受け取ったこのコードは、人類の中でも最も神聖な種族のみが得られるコードです。
このコードは、皆さんが神意識と共に、この地から高い次元へと飛翔することを助けます。
それは、この物理世界においても、皆さんの意識を、さらに自由な世界へ解き放つことが出来る「飛翔」の力を得ることが出来るのです。
スピリチュアルなレベルにおいては、皆さんが現在、スピリットとして、多くの星々や世界を訪ねてくださっていますが、この「飛翔のコード」はさらに多くの人たちが、皆さんと同じように、星や様々な次元を旅することを可能にします。
つまり、物理次元に縛られて多くの制限を作り上げている人達が、その制限から自由となり、心の自由に気づくようになります。
このコードは、皆さんの意識を現実の制限から解き放ち、もっと豊かなビジョンを見たり高次の世界を認識する能力を高めるためのコードです。
もちろん、このコードは、現実的な世界でも、皆さんを物理世界の様々な制限から解き放ち自由にします。
今まで以上に、クリエイティブな世界に皆さんが生きていけるように、そして今まで以上にパワフルで個性的な生き方が出来るように、私達もサポートをおこないます。

今回、ペルー旅行で、あなたが受け取る「ナスカ・コード」と「飛翔のコード」は、皆さんのデバインボディにとっても重要な働きをするコードとなることでしょう。
もう一つ大切なことは、皆さんがこれからペルーの地に入ることにより、かつてこの地で活躍していた民族の魂が救われます。
彼らは、このコードをスピリチュアルなレベルで、ずっと守り続けてきたのです。
彼らの種族は、インカ文明や様々なプレインカの文明を作り上げてきましたが、過去数度にわたって大変な虐殺や抑圧を受けてきました。
それもすべて、このコードを守るために神聖なる文明を守り続けてきたのです。
彼らの種族は、もうすでにこの地にいる必要は無くなっています。
彼らは、新たな世界へ旅立ってもよいのですが、この世界の平和と安定の為に、様々な抑圧を受けながらも。この地にとどまりつづけました。
それらの神聖なる魂を解放してあげてください。
彼らも、トラベラーなのです。
自分達の世界や星に帰ることを願っているのです。
彼らの種族としてのスピリットを、星に返してあげてください。
『古代インカへのいざない』 神聖なるマチュピチュ&インカへの旅1
皆さん、お久しぶりです。
先日、私たちは、10日間のマチュピチュとインカへの旅を終え戻って来ました。
その中で、私たちは、マチュピチュや古代インカ文明、そしてプレインカの文明の秘密を解き明かされるとともに、
私たちを導くスピリチュアルなマスターと出会い、大切なギフトもいただいてきました。
今回から、数回にわたって、宇宙の光の仲間たちと旅した「ミスティツク・インカの旅」のお話をしましょう。
旅行は、阪急交通社の「ペルー大周遊10日間」を利用させていただきました。
現地でのガイドは「コンドルトラベル」の皆さんでした。ありがとうございます。
さて今回は、私たちがペルーへ旅立つ前に、成田空港で私たちが受け取ったメッセージからご紹介しましょう。
このメッセージは、ピティと呼ばれる特別なガイドから、今回の旅行の意味について解き明かされたものです。
それは一つには、ナスカの人たちによって守られてきた「神聖なるエネルギー」、私たちが、今ライトボディへと進化していくために必要な、スピリチュアルな光(ライトコード)をとりに行くことでした。
そして、私たちの旅は、さらにインカの閉ざされた扉を開きいていきます。
**********************************
古代インカへの誘い

皆さんがペルーへ旅立たれる日が来たことを心から嬉しく思います。
これから皆さんの事を常に守護し導く役目を私が行います。
私の事はピティと呼んでください。
ピティとは、過去の思い出を呼び覚ます者という意味です。
皆さんが、過去の古い人生の中で、ペルーの地にいたことを呼び覚まし新たな旅立ちを祝うために現れました。
これから、皆さんと共に私も旅をします。
この旅は、古代ペルーの古(いにしえ)に残された計画、地球がユートピアとして機能することを目的として作られた文明のエッセンスを再び目覚めさせることにあります。
ペルーが持っていた文明の中でも、特に古い時代、ナスカやそれ以前の時代においては、この地球では、地球人と宇宙の叡智ある生命たちが共に暮らしていた時代がありました。
さすがに、この時代は、フェアリーやペガサスはもうすでにこの世界から去っていましたが、人々はまだスピリチュアルなレベルで彼らと十分に交流することが出来ていました。
ナスカの地上絵も、その地に住む人々やそこを訪れていた「叡智ある生命達」のスピリチュアルなレベルの状態を比喩的に表したものです。
皆さんがナスカや古代インカの聖なる谷に降り立つ時に、そのような時代に封印された人々の叡智が皆さんに対して開かれていくことでしょう。
皆さんは、フェアリーコードやペガサスコードを、もしくはドラゴンコードをすでに受け取ることによって、それらの時代に、地球に来ていた叡智ある存在に対しても、より効率よくコンタクトをとることが出来ます。
まずペル―に着いたら「ナスカ・コード」と呼ばれるものをうけとってください。
ナスカ・コードは、皆さんが受け止めている様々なスピリチュアル・コードを物質世界に近い次元へと降ろしていくためのコードです。
皆さんのスピリチュアル・レベルにあるライトコードを、人間の物理次元に近いところまで引き下ろしていく必要があることをご理解ください。
この宇宙は、素晴らしい光に満ち溢れていますが、それを人間の物理次元に近いところまで引き寄せてこなければなりません。
かつて、この地球でそのような試みを行ったのが古代ナスカの人たちなのです。
彼らは、独自の宇宙観をもっていました。
そして、彼らのスピリットによってその世界は、しっかりと支えられていました。
現在、皆さんが行っているように、かつての古代ナスカ人たちにより一つの宇宙が構想されていたのです。
その当時、すでにあなたは、この地に存在していたと思われます。
以前、皆さんが行った星のツアーでも、この古代ナスカやチチカカ湖の近くに、皆さんが神殿を作って活躍していた時期があり、その過去の皆さんたちとお会いしたこともありましたね。
マチュピチュからチチカカ湖あたりは、古代の時代においても、とても重要な役割を持つ場所でした。
今でこそ観光地のように扱われていますが、今でも聖なる人々が住み続けている場所なのです。
もちろん、そのような人たちが、皆さんの前に直接現れてくるわけではありませんが、彼らは必ずコンタクトを取ってきます。
あなた方が、現在の地球において重要な役割をもって活動しているということを、彼らも知っているからです。
彼らは、あなたにコンタクトを行い、彼らが古代ナスカの時代から、未来の地球人の為に保ち続けてきたエネルギーとコードを渡すことでしょう。
そのコードは、皆さんのライトボディに対して、さらに高い次元での働きを行い、デバインボディを作り上げる為に必要なコードですので、必ず受け取ってください。
そしてもう一つ大切なコードがあります。
「飛翔のコード」と呼ばれているものです。
ナスカの古代人は、このコードを代々守り続けてきた種族です。
古代の神々から受け取ったこのコードは、人類の中でも最も神聖な種族のみが得られるコードです。
このコードは、皆さんが神意識と共に、この地から高い次元へと飛翔することを助けます。
それは、この物理世界においても、皆さんの意識を、さらに自由な世界へ解き放つことが出来る「飛翔」の力を得ることが出来るのです。
スピリチュアルなレベルにおいては、皆さんが現在、スピリットとして、多くの星々や世界を訪ねてくださっていますが、この「飛翔のコード」はさらに多くの人たちが、皆さんと同じように、星や様々な次元を旅することを可能にします。
つまり、物理次元に縛られて多くの制限を作り上げている人達が、その制限から自由となり、心の自由に気づくようになります。
このコードは、皆さんの意識を現実の制限から解き放ち、もっと豊かなビジョンを見たり高次の世界を認識する能力を高めるためのコードです。
もちろん、このコードは、現実的な世界でも、皆さんを物理世界の様々な制限から解き放ち自由にします。
今まで以上に、クリエイティブな世界に皆さんが生きていけるように、そして今まで以上にパワフルで個性的な生き方が出来るように、私達もサポートをおこないます。

今回、ペルー旅行で、あなたが受け取る「ナスカ・コード」と「飛翔のコード」は、皆さんのデバインボディにとっても重要な働きをするコードとなることでしょう。
もう一つ大切なことは、皆さんがこれからペルーの地に入ることにより、かつてこの地で活躍していた民族の魂が救われます。
彼らは、このコードをスピリチュアルなレベルで、ずっと守り続けてきたのです。
彼らの種族は、インカ文明や様々なプレインカの文明を作り上げてきましたが、過去数度にわたって大変な虐殺や抑圧を受けてきました。
それもすべて、このコードを守るために神聖なる文明を守り続けてきたのです。
彼らの種族は、もうすでにこの地にいる必要は無くなっています。
彼らは、新たな世界へ旅立ってもよいのですが、この世界の平和と安定の為に、様々な抑圧を受けながらも。この地にとどまりつづけました。
それらの神聖なる魂を解放してあげてください。
彼らも、トラベラーなのです。
自分達の世界や星に帰ることを願っているのです。
彼らの種族としてのスピリットを、星に返してあげてください。